ダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来:国際政治理論で、その日に備える』(白水社、2012)〜これはたぶん原語で読んだらもっと面白かろう

 連れ合いが献本もらったので、それを奪ってダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える』谷口一、山田高敬訳(白水社、2012)を読んだ。

 これ、ゾンビ本のフリをしているが実際は国際政治理論の入門書で、ゾンビ災害が発生した際にどういう対応策がとれるのか、国際政治理論の基本的な学説ごとにどういう対応策を提案しそうかな…ということで整理してまとめるという著作である。かなりの部分については、別にこれゾンビじゃなくても未知の感染症の蔓延とか国際同時多発テロでも各学説からは同じような対応策が導かれるのではないの…と思うのだが、たぶん実際に起こりうるいろんな未知の災害・事件を読者の想像力に訴えつつある程度抽象化・一般化して話せるっていう点でゾンビはこういう話をするのに優れた例なんだろうと思う。そういえばロンドン暴動で戒厳令が敷かれて街から人っ子一人いなくなった時、「今のロンドンは『28日後...』みたいだ…」と言ってるヤツ、いたな。

 ちなみに著者は「超自然的な行為の介在を要求しない」ので、「ゾンビには、ヴァンパイア、ゴースト、デーモンやウィッチなどには欠けている、もっともらしさがある」(p. 19)とおっしゃっておられるのだが、これたぶんすごい北アメリカ人的センスで、英国人とかはほんとにそう思ってるかわからない、というのもウィッチはゾンビ同様ロンドンに普通にいたしな…とか思うのだが、全体的にすごくこの本は北アメリカ的である。とりあえずは私は実は現代的ゾンビにはあまり興味が無く、ヴードゥー教とか魔術のほうに興味があるので現代のゾンビが『私はゾンビと歩いた!』に出てくるみたいな古式ゆかしい土着宗教と切り離されてアメリカ人のせいでグローバル化・合理化されつつあることに常々危惧の念を抱いているのだが(最近の宇宙人が全部グレイになってるのももちろん私は気に入らない)、この本においても呪いで出てくる古典的ゾンビは全然扱われてない。ということで、アメリカ主導的な感じで世界政治がどうゾンビに対応するか分析する第7章くらいまでは、学部で習った政治学基礎論とかを思い出してにやにやしつつも「なんか物足りないなー」と思って読んでいた。

 ところが第8章で構成主義とかアイデンティティの話が出て来て、第9章になって国内政治の話が出てくると地域主義者である私にも結構面白い論点が出て来た。アメリカ映画とかではゾンビを罵倒して殺しまくるがイギリス映画ではもっと控えめだ、とか、一見バカ話のようでいて実際に感染症の蔓延とかが起こったらすごい中心課題になりそうな各国政情の差異への対処とかが論じられている(これって地震津波が起こった時に強制的に住民を避難させられるかが地域によって違う、とかいろいろ応用できる話だよね)。あと、フェミニストの視点からゾンビを…という話がたまに出てくるのもよろしい。

 まあそういうわけで国際政治理論に関する肩の凝らない入門書としてはとても面白いなと思ったのだが、これたぶん英語で読んだらもっと笑えると思う。87ページの注とか、英語で読んだらたぶん噴くところだろうと思う。

 ちなみにゾンビはヴァンパイアと違って高校でモテないという話が出てくるのだが(p. 18)、イギリスでとても人気のあるニコラス・ホルト(『アバウト・ア・ボーイ』)がゾンビ役で、ゾンビ視点で語られる『ウォーム・ボディーズ』(アメリカ映画らしい)が公開されたばかりなので、今後はゾンビも高校でモテるようになるのかもしれない。