シェイクスピアをこれから読む人向けの研究書20冊

 ちょっとリクエストを受けたりしたので、「シェイクスピアをこれから読む人向けの研究書20冊」というのを作ってみようと思う。選択基準としては、

(1)これからシェイクスピアを読もう、という人が基本的な議論の知識を得るのに必要そうな本である。
(2)英語か、あるいは日本語訳がある洋書である(もともと日本語で出ている本はちょっとイギリスにいた間ほとんどフォローできなかったんで除外。これはそのうち別にリストしたい)。
(3)シェイクスピア研究における代表的な研究書、古典と見なされているもの。
(4)シェイクスピア研究に紙面の大部分を割いているもの。一般的な英文学書でシェイクスピアについて数章程度しか扱っていないものや、イギリス・ルネサンス文化中心でそれほどシェイクスピアに重点を置いていない研究書、シェイクスピアを読むのに必要だがシェイクスピアを少ししか扱っていない批評理論の本は除外。
(5)学術研究書である。エッセイ・一般書・原典テキスト・資料集・教科書・入門書・コンパニオン・翻案・伝記類・事典類などは除外。
(6)予備知識が少ない人でも読めるもの。シェイクスピア研究でもとくにオタクで重要だけど一般向けではないコア分野、つまり本文批評の基本書とか私がやってる蔵書票の研究とかは除外。専門知識がないと太刀打ちできないので。

 という六点。


・上演を見る前に/見た後に読むべき一般的な批評
○ヤン・コット『シェイクスピアはわれらの同時代人』蜂谷昭雄、喜志哲雄訳(白水社、2009)
 20世紀のシェイクスピア上演に最も影響を及ぼした本のひとつ。好みあると思うけど、これたぶん私がいままで読んだシェイクスピア上演についての批評としては最良のものです。


○テリー・イーグルトン『シェイクスピア: 言語・欲望・貨幣』大橋洋一訳(平凡社、2013)
 新装版が出たばかり。


ルネサンス期の民衆文化・娯楽とシェイクスピア
○C・L・バーバー『シェイクスピアの祝祭喜劇―演劇形式と社会的風習との関係』玉泉八州男訳(白水社、1979)
 民衆文化とシェイクスピアに関する超基本書なんだけど、少し古くなっているのであとで紹介するラロックとかグリーンブラット、オーゲルなんかで補う必要あり。


○フランソワ・ラロック『シェイクスピアの祝祭の時空―エリザベス朝の無礼講と迷信』中村友紀訳(柊風舎、2007)
 祝祭とシェイクスピアに関する大部な研究書。


○Stuart Gillespie and Neil Rhodes, ed., Shakespeare And Elizabethan Popular Culture (Arden, 2006)
 エリザベス朝の大衆文化とシェイクスピアについての役に立つアンソロジー



・新歴史主義批評
○スティーヴン・J. グリーンブラット『シェイクスピアにおける交渉―ルネサンスイングランドにみられる社会的エネルギーの循環』酒井正志訳(法政大学出版局、1995)
 新歴史主義批評の基本書のひとつ。


ジェンダーセクシュアリティクィア批評
○ジュリエット・デュシンベリー『シェイクスピアの女性像』森祐希子訳(紀伊國屋書店、1994)
 フェミニスト批評の嚆矢。プロテスタンティズムと英国ルネサンス演劇における結婚表象に関する議論は必読。


○Carolyn Lenz, Gayle Greene, and Carol Neely, ed., The Woman's Part: Feminist Criticism of Shakespeare (University of Illinois Press, 1984)
 シェイクスピア関連フェミニスト批評の古典的なアンソロジージェンダー関連の話題を広くカバー。


○スティーヴン・オーゲル『性を装う―シェイクスピア・異性装・ジェンダー』岩崎宗治、橋本恵訳(名古屋大学出版会、1999)
 セクシュアリティとイギリス・ルネサンス演劇の上演に関する基本書。


・民族・人種・植民地主義シェイクスピア
○アルデン・T・ヴォーン&ヴァージニア・メーソン・ヴォーン『キャリバンの文化史』本橋哲也訳(青土社、1999)
 人種やエスニシティをフィールドにしているヴォーン&ヴォーンの本はどれも面白いのですが、邦訳あるものを。

○Ania Loomba, Shakespeare, Race, and Colonialism (Oxford University Press, 2002)
 シェイクスピアと人種及び植民地主義に関する基本書のひとつ。



・観客研究
○アンドルー・ガー『演劇の都、ロンドン―シェイクスピア時代を生きる』(北星堂、1995)
 イギリス・ルネサンスの観客に関する包括的研究。


○E・A・J・ホニッグマン『シェイクスピアの七つの悲劇―劇作家による観客反応の操作』川口清泰訳(透土社、1990)
 観客反応論の代表的研究書なんだけど、ちょっと古くなっているところもあるので2002年に新版が出てて、こちらは未訳なんだけどリンクは新版のほうをはっときます↓


・受容史
○Gary Taylor, Reinventing Shakespeare: A Cultural History from the Restoration to the Present (Vintage, 1989)
 王政復古期から現在までのシェイクスピアの受容・翻案を論じた通史的研究書。


○Jonathan Bate, Shakespearean Constitutions: Politics, Theatre, Criticism, 1730–1830 (Oxford: Clarendon Press, 1989)
 18-19世紀までのシェイクスピア受容についての研究書。


○Michael Dobson, Making of the National Poet: Shakespeare, Adaptation and Authorship, 1660-1769 (Oxford University Press, 1992)
 シェイクスピアが18世紀半ばまでにどのような過程を経て正典化されたかに関する基本書。


・翻案研究
○Marianne Novy, ed., Transforming Shakespeare: Contemporary Women's Re-Visions in Literature and Performance (St. Martin's Press, 1999)
 女性によるシェイクスピア翻案を扱った著作。著者のノヴィはこの分野で他にも興味深い論文をいくつか出している。


○Lynda E. Boose and Richard Burt, ed., Shakespeare, The Movie: Popularizing the Plays on Film, TV and Video (Routledge, 1997)
 映画とシェイクスピアについての基本書のひとつ。パート2も出ている。



・テキスト・刊本研究
○Lukas Erne, Shakespeare as Literary Dramatist (Cambridge University Press, 2003)
 シェイクスピアは舞台のために書いた、ってことになってるけどそれだけじゃないんですよー、読者のためにだって書いていたんですよ、という内容。かなり専門的。


Tiffany Stern, Making Shakespeare: From Stage to Page (Routledge, 2008)
 シェイクスピアのテキストが舞台台本からどうやって印刷刊本になるか、という話。おそらく、シェイクスピアが専門ではない人にすすめられる本としてはこれが限界の専門度だと思う。


 本当はクィア批評とか翻案研究、あるいはポストコロニアル批評でもっと読まねばならない本がいっぱいあるのでちょっと個人的にも偏ってる気はする…のだが、あくまでも基礎体力を作るためということなので上の20冊を選出してみた。これがない!というご意見があればどんどんコメント欄にどうぞ。