ジェームズ・マカヴォイ主演、トラファルガースタジオ『マクベス』〜目に見えないものと見えるもの

 トラファルガースタジオでジェイミー・ロイド演出、ジェームズ・マカヴォイ主演の『マクベス』を見てきた。完全売り切れで当日券のみなので、朝から三時間半も並んでとったチケットである。

 とりあえずこの演出は徹頭徹尾'the Scottish play'(『マクベス』の別名)で、舞台はたぶん未来の荒廃したスコットランド(ジェームズ・マカヴォイスコットランド人である)。ボロボロの古着(ガスマスクも…)を着て軍隊の払い下げ品みたいな武器で武装した人々がこれまた汚い家具(トイレとかテーブルとか、かなり少ない)がわずかばかり置かれたセットを動き回る荒っぽくて黙示録的な感じの演出で、照明も全体的に暗くスモークをかなり使っており、『マクベス』のハイランドの荒々しい勇者が闊歩するドロドロした中世スコットランドの荒野を現代風にアップデートするとこうなるのか…と結構納得する感じ。

 ただ、困ったのは役者がほぼスコットランド英語でしゃべっていることで、うちはマクベス夫妻の言ってること半分くらいしか聞き取れなかった…しかしどうもこのスコットランド英語はネイティヴにもきついレベルだったそうで、レビューサイトとか見ると「字幕が必要」とか言われていたのでたぶんセリフがほとんど聞き取れなかったのはうちだけじゃなかったらしい。

 セットは中心に舞台を設置して前方・後方両方に客席を配置するもので、後方座席は真ん中に通路が設置されており、舞台袖以外にこの後方中央通路も役者が入退場に使用する。うちは後方通路側だったので、マクベスがここから入ったり出たりするところはさすがに臨場感があった。あと、バーナムの森はこの後方中央通路の末端にある搬入口をあけて直接芝居小屋の外から入ってくる。小さい舞台なのにこういう通路をうまく使った演出はかなりダイナミックである。

 ジェームズ・マカヴォイマクベスはめちゃめちゃ強そうで荒っぽい王様で見ていて非常にエネルギッシュで面白いのだが、マクベス夫人との赤ん坊に関するやりとりでは自分たちが昔子供をなくしてそれを悲しんでいるということをきちんと示しており、繊細な表現をしているところもある。このあたりのメリハリは非常に良いと思う。クレア・フォイマクベス夫人は、私はちょっと演出に疑問があったな…夫とどんどん心が離れていくあたりの演技はいいと思ったんだけど、他の女優に比べて一人だけ落ち着きがありすぎるというか洗練されている気がした。これは演出の意図だと思うんだけど、もっと荒っぽくて派手なマクベス夫人のほうが芝居のトーンにあったのではという気もする

 たぶんこの芝居で一番良かったのはマクベス一行がマクダフの妻子を暗殺する場面とそのあとマクダフがそれを知るくだりである。まずマクダフ夫人が息子を机の下の物入れに隠し、そこへマクベス本人が暗殺者たちを引き連れてきて机の上でマクダフ夫人を殺す(この場面ではマクベス本人は出さない演出が多いと思うのでこの王本人が手を下すという荒っぽい演出はかなりショッキングである)。そのあと、最後まで一人で部屋に残っていたマクベスが出て行こうとしたところで机に隠れていた息子が声を出してしまい(ここで観客が息を呑む音がきこえた)、マクベスは机の隙間から剣を差し込んで目に見えないマクダフの息子を殺す。この場面はマクダフの息子が実際に死ぬところが見えない抑えた演出になっているのだがその分想像力をかきたてて凄惨である。このあとジェイミー・バラード演じるマクダフが妻子の死を知るのだが、このマクダフの嘆きっぷりが非常に胸にくるものがあった。息子が実際に血を流して死ぬところを見せない分、観客とマクダフが一緒に息子の死を想像する…というような雰囲気になって悲しいものがある。

 と、いうことで、全体的には荒っぽくエネルギッシュで面白かったのだが、ただかなり長くてずーっとテンションが高いまま続くので非常に疲れるというか、やや途中一本調子に感じるところがあったのが難点かも。あと一つ私が非常に不思議だったのは、殺したバンクォーの亡霊が出てくるところ、一回目は実際にバンクォーがステージに現れないのだが二回目は現れるということである。これは視覚的効果を狙っているというのがある一方、マクベスの良心の呵責がどんどん悪化していってることを示し、かつ観客にだけ二度目から亡霊が見えるっていうことでマクベスと観客の視点を一致させ共謀者にさせる試みなのかな…と思ったのだが、他にいい解釈あります?