ベルファストを舞台にした政治スリラー、『シャドー・ダンサー』

 シネスイッチ銀座で『シャドー・ダンサー』を見てきた。1990年代のベルファストを舞台にした政治スリラーで、活動中に逮捕され、息子と引き離されて刑務所に入るかわりにIRAの情報をMI5に伝えるスパイとなることを強制されたシングルマザーのコレットがヒロイン。地味で静かなタッチの作品で、コレットの担当であるMI5の捜査員役としてクライヴ・オーウェンが出てくるのだが、MI5のほうも派閥の汚い争いがあったりしてどんどん話が暗くなっていく。とてもよくできている映画だとは思うのだが、この暗さではやはりヒットはしないだろうなぁと思う。
 
 で、この映画のモチーフとして最も特徴的なのは、ナショナリズムという大きな国家イメージに関するイデオロギーを支えてる基盤はもっと小さい単位である家族であるのだが、家族の利害とナショナリズム大義が対立する時にどういう選択をとるか、ということだろうと思う。そういう意味では同じアイルランドの紛争を描いた大ヒット作である『麦の穂をゆらす風』と似ているのかもしれない。不可避なものとしての家族の「絆」(「鎖」といったほうがいいかもしれん)とそれを利用しようとする様々な政治的思惑(これはこれで非常に汚い手段でもあるわけだが)の葛藤を描いているということで、まあ見ている分には非常につらい作品であった。

 ただ、コレット役のアンドレア・ライズブローの演技はすばらしいと思う。どこにでもいるようなシングルマザーが実はテロ活動に関わっていてしかもものすごく生活に疲れていて…というのはなかなかやりにくい複雑な役であると思うのだが、なんか「あ、たぶんこの頃のベルファストには絶対こういう女性がいたんだろうな…」みたいな妙なリアリティがある。ものすごい美人というわけではないのだが近所ではかわいいと評判の女性、くらいの外見であるところも現実的でいいし、過剰にセクシーな感じになってないところもいい。あと、かなり危険なテロ活動にも参加しているのに会議には参加しないところとか、家族とのいろいろな齟齬とか、そこはかとなくジェンダーポリティックスを感じさせる描写があるのだが、そういう場面でもとても抑えた演技をしていていいなと思った。