『マクベス』における感染する恐怖〜Allison P. Hobgood, 'Feeling Fear in Macbeth'

 ↓こちらの本に入っている論文Allison P. Hobgood, 'Feeling Fear in Macbeth'(29-46)を読んだ。

 この論文は今でも史上トップクラスに恐ろしい芝居として伝説的である『マクベス』をテーマに、恐怖が初期近代においてはむしろ感染する肉体的な病に近いものとしてとらえられていたことを明らかにし、『マクベス』が英国ルネサンスの観客に及ぼしていた効果を検証してみようというものである。恐怖が感染するというのは呪術的な発想でもあり(この本は若干、医学史寄りの内容なのでつい類感呪術的なホメオパシーなど思い出してしまうが)、見世物の効果として演じられた恐怖が観客に伝染るというのは四体液説が否定された今でも感覚的にはかなり理解できるものであるので、『マクベス』のみならず現代のホラー映画とかも少し似たような切り口で切れそうな感じでこのあたりはシェイクスピア批評にとどまらない可能性を感じる。

 最後は初期近代の観客はマクベスの感染恐怖をどう受容してたかっていう話になり、著者は(1)こういう恐怖を舞台で見ることにより、観客は恐怖に対する感情的な自己コントロールについて理解を深め学ぶ機会を得ていた(p. 45)、(2)自律的な自己をしっかり持った個人という近代的規範からいったん抜け出し、感染にさらされた脆弱な観客共同体としてみんなで恐怖に溺れる楽しみを得ることができた(p. 46)という相反するふたつの仮説を提示している。ここはちょっと歯切れが悪いように思った…というのも、たぶん意識的にひとつめをやるというのが私の観劇体験からはよくわからないからだと思う。私の経験からすると、『マクベス』を見ている間は怖いのに没入できるが、見終わった後はかなり冷静になってしまう。この観劇後の無意識な印象みたいなものを「自己コントロール」と呼べるのかな…なんというか、芝居を見ていて意識的に「恐怖コントロールしてやるぞー」とはあまり考えないように思うので、このあたりはもうちょっとよく考えてみたい。