恋の狂気から瀉血の克明描写まで〜中野春夫『恋のメランコリー――シェイクスピア喜劇世界のシミュレーション』

 中野春夫『恋のメランコリー――シェイクスピア喜劇世界のシミュレーション』(研究社、2008)を読んだ。

 英国ルネサンス期の上演慣習や社会階層、婚姻制度、財産制度、医療などに留意しながらシェイクスピア喜劇の恋愛の世界を再構成してみようという試みで、研究書ではあるのだがかなりくだけた感じで「今日に置き換えて説明したらどうわかりやすいか」ということを意識しながら書いてあるので、研究者でない人にもかなり読みやすいものなのではないかと思う。とくに158ページあたりからはじまる床屋外科の瀉血の克明描写とかは、研究者ならなんとなくわかりそうなことをそうでない方にあの手この手でわかってもらおうという必死の工夫を感じる。第六章の社会階層の話も同じような工夫があって面白い。表題であるメランコリーの話も非常にすっきりとまとまっていておすすめできる。

 ただひとつ疑問なのは、pp. 121-22あたりで、ロミオとジュリエットが当時の結婚年齢からすると若すぎるので後世の人に早婚が当たり前だったという誤解を与えた、ということを論じている箇所で、役者の年齢推定について触れていないこと。『ハムレットは太っていた!』などにもあるように、おそらくシェイクスピアは看板の役者を想定してあて書きに近いことをしており、ジュリエットの年が若いのは女形(この頃のロンドンでは十代の少年が女役をやっていた)の年齢に合わせないといけないというかなり実際的な理由があったと思うのだが、それについても論じたほうがよかったのではないかと思う。