突然、変な話をし始める人物が一番賢いというクリシェ〜『リンカーン』

 『リンカーン』を見てきた。これはアメリカ合衆国憲法修正第13条(奴隷の禁止)のためにリンカーン大統領を中心として行われた議会駆け引きを主題とする映画である。

 で、私はいやみったらしい政治家同士の足の引っ張り合いとかねちねちしたロビー活動とかそういうものを期待して見に行ったので(私、ロビー活動が出てくる映画ってかなり好きだ)、最初いきなり戦争がでてきてびっくりしたのだが、まああのリンカーンが戦地に赴く場面は絶対必要だっただろうと思った。そうでないとアフリカンの登場人物の存在感が少なくなりすぎるし、あのアフリカンの兵士が大統領に話しかける場面だけで最初がぐっとしまって見える。

 まあしかしこの映画の醍醐味はやっぱり、奴隷制度をなくす憲法修正条項のためにリンカーンが保守派と革新派の間でけっこう汚い手も使いながらあの手この手で部下を使って票を集める様子である。票集めがメインでクライマックスが議決場面とかいうのは政治映画としては相当大胆な構成だと思うのだが、それなのにまるでスリラーみたいに緊張感を保ったまま見れるというのはすごいと思う。ただ、はっきり言って可決後から暗殺までの場面はいらないと思うし最初のスピルバーグの解説もなくてもいいと思う。最初と最後をカットして短くすべきだったのではないだろうか。

 役者の演技はまあ文句のつけどころがなく、ダニエル・デイ=ルイスリンカーンはそっくりだし、トミー・リー・ジョーンズ演じるスティーヴンズ議員が議会で修正第13条可決のために妥協した演説をするところの芝居とかは全く舌を巻く他ないし、メアリ・リンカーン役のサリー・フィールドや息子ロバート役のジョゼフ・ゴードン=レヴィットもいいと思うし、キャスティングの勝利というところは多分にあるだろうと思う。

 まあしかしダニエル・デイ=ルイススピルバーグリンカーンを演出する際にとった方針は興味深い。この映画のリンカーンはかなりひょうひょうとしていて、緊迫した場面ではいきなり何も関係ない逸話とかを話し始めてそれになんとなく周りの人がのまれてしまう、という独特の話術を使う政治家である。しかしこういう突然、変な話をし始める人物が一番賢いというのはなかなかいろいろなところで使われる表現方法であって、古くはミス・マープル、日本だと『竜馬がゆく』の竜馬とか古畑任三郎とか、炯眼でなぜか人望がある人を表現するための一種の手法なんだろうと思う。しかしそのリンカーンがいっぺんだけ、「私はアメリカ大統領なんだぞ!」と怒るところがあって、あそこは怖い。よっぽど追いつめられているんだろうと登場人物も客もわかるようになっている。

 ちなみに、一言言っておくと、私は『リンカーン』より『ジャンゴ』のほうが断然好きだが、『リンカーン』のほうがアカデミー作品賞とった『アルゴ』よりどう見ても歴史映画・政治映画として面白い。この間『アルゴ』を科学史関係の人達とブルーレイで見たのだが、『アルゴ』はよくできてはいるけど別にほんっとただの政治スリラー(しかも、若干プロパガンダ的な)だったと思う。