ビジネス本はどのくらいフェミニズム本でありうるか?〜シェリル・サンドバーグ、Lean In: Women, Work, and the Will to Lead(『Lean In: 女性、仕事、リーダーへの意欲 』)

 フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグのベストセラー、Lean In: Women, Work, and the Will to Lead(2013)を読んだ。ちょうど和訳も出たのだが、英語版を借りてたのでそちらで読んだ。

 普段全くビジネス本は読まないのだが、これはとても面白かった。というのも、これはビジネス本であると同時にフェミニズム本であり、かつビジネス本はどの程度フェミニズム本でありうるかという限界をも示した本だと思うからである。この本の中でサンドバーグフェミニズムに対してかなり親和的な発言をしており、グロリア・スタイネムとかのこともたくさん話しているのだが、一方で序論のところで「この本はある意味でフェミニストマニフェストだけどただのフェミニストマニフェストじゃない」と位置づけるなど、男女両方をターゲットにしたビジネス本として本書を執筆しているため、いわゆる「女性が自分がフェミニストじゃないと言いたがる現象」についても批判的な目を向けているにもかかわらずなんとなく歯切れが悪いところがある。これはおそらく最初の部分でサンドバーグが断っているように、自分の体験をもとにしたビジネス本であるからにはかなりこの本を読んでその方法を応用できる人が限られてしまう(=そもそも失業して仕事につけないとかそういう女性をターゲットにした本ではなくなってしまう)というところも深く関わっている。この本の最初のところでサンドバーグは、ノーベル平和賞受賞者でありサンドバーグの友人でもあるらしいレイマ・ボウィが、多数の女性が虐待されているリベリアのような状況を改善するにはどうしたらいいかということについて「もっとたくさんの女性が権力の座につくこと」と答えたという話をひいているが、この本は基本的にノブレス・オブリージュというか、上に立つ女性は後にくる女性のために全面的なバックアップを行わなければならないという倫理観と、もっとたくさんの女性が自分の能力を発揮すればより女性にとってマシな世の中がやってくるという信念に基づき、十分能力がある女性がどうやって壁を打ち破って自分の力を最大限に発揮するかということを課題として考えている。

 しかしながらこの本を「運がいい女性のための本」だと切り捨てるのは完全に間違っている、というかそもそもこの本を読むと、女性の成功について「(育った環境とか受けた教育などの点で)運がよかったので出世した」という表現を用いること自体、我々の性差別的な社会を強化してしまうのではないか、と心配に思えてくる。第一章あたりにいろいろな学術研究などをひいて詳しく書いてあるのだが、女性は男性に比べて謙虚をよしとする傾向があり、「なぜ自分が成功したと思うか」ということについて「運がよかった」とか「周りの助けがあった」と考えることが多いが、男性は「自分が頑張ったから」「自分に能力があるから」みたいに考えることが比較的多いらしい。これは一見美徳のように見えるが、実は女性の自信を失わせ、より前に進む(→リーダーになることで他の女性にも道を開く)という選択をしにくくさせているのではないか、という話になってくる。これはとても考えさせられる、と思ったのは、これはたぶん貧困とかに関心を寄せているフェミニストが非常に成功した他の女性を形容するときにもやってしまいがちな間違いであり、かつフェミニストが自分の人生について語る時にもやってしまいがちな間違いなのではないかと思うからである。私たちがフェミニストなら、自分が今幸せであることを育った環境とか受けた教育とか周りの助けとかのせいにしてはいけない。自分が頑張ったからだ、というべきではないのだろうか。そして他の女性が成功したら、それは運が良かったからではなくその女性が能力があってかつ努力もしたからではないのだろうか。そういうのを「運が良かった」と形容するのは、たぶん他人を褒める時でもけなす時でもよくないことなのかもしれないし、他の女性が前に進むのを知らず知らずのうちにブロックしてしまっているのかもしれない。

 で、この本の面白いところは、著者がこういうことを話すのに、おそらくはいつもビジネスで他人を説得する時のノリでものすごい量のデータを出して論拠を固めてから説明しているということである。直感的に理解できそうな性差別の説明でもいろいろな心理学実験とか統計データなどを根拠としてバンバン出してくるので、サンドバーグが提示する対処法については議論あるだろうが「そんな性差別気のせいだろ」的な批判はたぶんほとんどできない。プロのライターの監修を受けているらしいし、普段から仕事用のデータなんかをアシスタントに集めてもらっているのだろうから全部本人がこういうデータを探して解説してるわけではないのだろうが、それでもこういうふうに性差別があるかないかとかの低レベルないちゃもんを封じて対処法についての有意義な議論に読者を誘うテクニックはすごいなと思う。

 と、いうことでビジネス本とフェミニズム本を融合させようとした試みとしてはとても面白いと思うのだが、一方でやはりこれはどんな女性でも使えるという本ではないという気がする。そこでやっぱり私がこの本と比較したいのはケイトリン・モランのHow to be a Womanである。この本はカウンシルエステート生まれで教育もあまり受けてないけど音楽ライターとして成功したケイトリン・モランが書いてるので、『Lean In』に比べるとずっと下世話でもあり、ビジネス本という縛りがないぶん明確にフェミニズム本を公言しており、かつビジネスふうにデータで攻めるんじゃなくユーモアと諷刺で人を説得しようとしているのでもうちょっといろんな女性にアピールするんじゃないかなと思う。