犯罪映画を見に行ったら、猛烈に反中央集権的な童貞映画だった〜『欲望のバージニア』(ネタバレあり)

 『欲望のバージニア』(原題Lawless, つまり「無法」)を見てきた。一言で言うと、犯罪映画を見に行ったつもりがなんか童貞映画だった。ひどい言い方だが、童貞のボンデュラント三兄弟がエロ捜査官(ガイ・ピアース)と戦う話にしか見えなかった。

 なんてったってシャイア・ラブーフがとんでもなく童貞である。この映画の主人公は禁酒法時代のフランクリン郡で密造酒を作っているボンデュラント三兄弟で、末っ子のジャック(シャイア・ラブーフ)が一番出番が多い。ジャックは自分でビジネスをしたいと考えていろんなことに手を出しては失敗しているのだが、一方でお堅い牧師の娘バーサ(ミア・ワシコウスカ)に惚れており、いろいろと住む世界が違う相手になんとかして求愛しようとする。このジャックの求愛ぶりが本当にいかにも清純な初恋で、端から見ているとハラハラするくらいかわいらしいしバカでもあり、一方でバーサは親父さんに反対されているわりには結構落ち着いていてその対照が面白い。とにかくジャックはバーサの顔を見たいもんで、酒で元気をつけて教会に行ったら目の前でバーサが自分の裸足を他人に洗ってもらう儀式を始め、好きな相手の白い裸足を目撃してびびってしまう。さらにジャックは同じ洗面器でバーサに自分の足を洗ってもらえそうになるのだが完全に怖じ気づいてしまい、靴を片方投げ捨てたまま慌てて教会から逃げ出す(この場面でジャックの足は労働者の足でけっこう汚いんだけど教会のお偉いさんたちの足はきれいでとくに女性たちの足が白いという描写がいい)。さらにちょっとだけバーサとお近づきになったジャックはぴかぴかの車を買ってものすごく真剣な面持ちでバーサをデートに誘うのだが、この場面はどう見ても『トランスフォーマー』で、シャイア・ラブーフはいつまで車買って美女をデートに誘いたい高校生の役柄をやってるんだと思った一方、このあと意味のわからない変身ロボットが出てきてもいいよう身構えた…のだが別にロボットは出てこなくて蒸留所が爆発とかしただけだった。しかし、一番恐ろしいのは伊達男を気取っているのに童貞の純粋な心を持ったジャックに比べると、地味で清純な乙女であるバーサがえらく肝が据わっていることで、オチを見て「いやこの映画で一番Lawlessなのはミア・ワシコウスカなんじゃないのか…」と思った。ふつう、あそこまで問題起こして自分も警察沙汰に巻き込んだ男とくっつかないだろ…ミア・ワシコウスカ無法すぎる…

 さらに一見、童貞とはほど遠いところにいそうでこのむさ苦しい映画のお色気担当といってもいいであろうトム・ハーディもとんでもなく童貞である。三兄弟の次男であるフォレストはたぶん兄弟の中で一番ビジネスの才覚もあり、共同体からも信頼されていて、さらに不死だという噂もあるくらい強靱な男なのだが、シカゴから来た美女マギー(ジェシカ・チャステイン)の前ではきちんと返事もできないくらいシャイでまるで少年である。どうもフォレストはマギーに純粋な恋心を抱いているらしいのだが全く自分からはアプローチできないので、しびれを切らしたマギーがある夜全裸でフォレストに迫ってくるのだが、そこのフォレストのなんかちょっと嬉しそうな一方で「え、何するつもり?」みたいな反応が異常にかわいらしい。しかしこんだけ童貞なのに、他の男と違ってショーガールだったマギーの過去に全く偏見を持っていないあたり、この映画のフォレストは「黄金の心を持った不良」の条件を十分満たしてると思う。キャラとしては『駅馬車』のジョン・ウェインに近い(フォレストのほうがもっとだいぶワルだが)。

 ボンデュラント兄弟は長兄ハワードも女っ気がなさそうなのだが、一方で敵であるレイクス捜査官(ガイ・ピアース)は部屋に娼婦を連れ込んでたりする一方、「カマ野郎」呼ばわりして以上に怒るなどやたら性的なことに執着する男で、酒造りや男同士の暴力は平気だが女については相当に紳士であるボンデュラント兄弟とは全然違う。このレイクスが州から派遣された捜査官だっていうことがたぶん重要で、この映画ではフランクリン郡は荒っぽくて違法な行為がやたら行われているが一応のモラル(「男らしさ」に立脚するモラルだが)がある場所である一方、レイクスとか中央(この「中央」がたぶん国家じゃなく州っていうのがまた面白いが)の権力を象徴する人々は皆堕落しており、性暴力とか弱い者いじめなどの汚い手段を平気で使う(中央からきたレイクスやその手下のほうが、地元のしがらみがない分思い切った弱い者いじめをするっていうのはなかなか興味深い展開だと思う)。最後は当然、めちゃくちゃ暴力的ながらも一応のモラルを持っているフランクリン郡のボンデュラント兄弟が堕落した中央政府に打ち勝つということになっている。これはかなり反中央集権的な映画である。

 と、いうことで、見方によってはけっこう面白く見られる映画だったと思うのだが、はっきり言って演出にはかなり疑問が…最後のとってつけたようなお笑い要素とか、唐突でムードに欠けるシーンの編集とか、なかなか戦いが始まらないゆっくりめの展開とか、おそらくフォークナーふうのマジック・リアリズムを狙っているんだろうがそれがうまくいってないなぁという気が非常にした。役者の演技は皆素晴らしいのでそれで見られるようになってるけど。
 
 音楽にもかなり疑問があって、ブルーグラス調の音楽だけで全部統一すべきなんじゃないかとも思ったのだが、ただロックの曲をブルーグラスの大御所ラルフ・スタンリーに歌わせるっていうのは非常にいいアイディアだと思う。ルー・リードの'White Light, White Heat'がブルーグラスアレンジで流れるところとか、「え、この曲実はトラディショナルだったの?」って思ってしまったほどハマっていた。だって、これ↓が

 ↓これですよ。

 

 ↓これが原作らしい。

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