病としての盗み、政治思想としての盗み〜レイチェル・シュタイア『万引きの文化史』

 レイチェル・シュタイア『万引きの文化史』(太田出版、2012)を読んだ。

万引きの文化史 (ヒストリカル・スタディーズ03)
レイチェル・シュタイア
太田出版
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 レイチェル・シュタイア(←ごめん、この人シュテアーだと思って論文にもそう書いちゃったんだけどシュタイアだそうです)は舞台芸術史の研究者でバーレスク研究で有名なのだがなんでまた万引き(shoplifting)の本を…と思ったら、どうもこの本を書くことになった大きなきっかけのひとつはウィノナ・ライダーの万引き報道らしい。書いているシュタイア自身がけっこう万引きに魅力を感じているようなのだが、とはいえ信頼できる研究者ではあるので文化史的な調査のほうは非常に行き届いている。

 この本は欧米におけるshopliftingの歴史を書く試みなのだが、暴力を使わずにお店や招き入れられた他人の家などからこっそりものを持ち逃げする犯罪一般を対照にしており、返品詐欺とかも入っているので日本語でいう「万引き」より若干広い範囲の盗みをテーマにしている。一応、近代以前のヨーロッパの窃盗観に関する記述から始まるのだが、主戦場は18世紀以降、とくに現代である。百貨店なんかが始まってから万引きは増えるわけであるが、この本では医学、ジェンダー、階級、政治思想、セキュリティ技術などさまざまな観点から万引きが分析されている。

 とくに病としての万引きという話は面白い。万引きは「女性的」な犯罪とされており、「心の病」として病理化されていてそれは未だにかなりあるそうだ。盗みのワクワク感にとりつかれてやめられなくなるという依存症に類似した症状を訴える人もおり、アメリカでは盗癖のある人向けのAAAみたいな互助団体まであるそうだ。また、ミドルクラス以上の女性の万引きは心の病と見なされあまり厳しく罰されないが貧しかったり民族マイノリティだったりすると罪が重くなる傾向があるという話も出てきて、このあたりは階級的不平等を感じさせる。

 またまた政治思想として資本主義とか体制に反対するという意味で万引きをするというのはもう啓蒙思想の時代くらいからあり、ヒッピー時代のアビー・ホフマンとか現代の反体制的なアート集団などがとりあげられていて、このあたりも非常に面白い…ものの、このへんの「盗みは反体制」思想の源泉であるルソーがめちゃめちゃゲスいのでどうにもこういう活動は眉唾だと思った。ルソーは若い頃に女主人からリボンを盗み、その罪を同じ屋敷で働いていた可愛い女の子になすりつけたそうである。そいつが思想家になってから万引きを擁護するんだから全くゲスいことこの上ない。いやまあルソーだからこれも虚言かもしれないが、虚言だとしてもどのみちゲスい。


 万引きは非常にありふれた犯罪で、店だけではなくお呼ばれした先の一般民家や図書館などからものをこっそり持ち出す人もたくさんいる。教育程度とか信仰とかともあまり関係なく広く見られる犯罪でもあって、オクスフォード大学のボドリアン図書館で一番紛失が多いのは神学の本で、一般書店でも聖書の万引きはものすごく多いとか。しかしながら盗みに対抗する店のほうもさるもので、いろいろな万引き防止タグなどが開発されているという技術の観点からの話もある。

 こういう感じで万引きの魅力(?!)に富んだ歴史を気軽に読める本だという点ではとてもおすすめなのだが、どうせならシュタイアのバーレスクに関する歴史の本も翻訳してほしんだけど…出してくれる出版社あればうちが翻訳するよ!

Gypsy: The Art of the Tease (Icons of America)
Yale University Press (2009-03-24)
Striptease: The Untold History of the Girlie Show
Rachel Shteir
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