今でもこういう映画が作れたとは〜80年代半ば-90年代の映画ファンにあわせて調律された『ストラッター』

 『ストラッター』を見てきた。すごく良かったのだが、今でもこういう映画が作れたとは…と思う一方、たぶんもうこういう映画は必要とされてはいないのだろう、とも思った。


 監督はカート・ヴォスと『グレイス・オブ・マイ・ハート』のアリソン・アンダースで、キックスタートでお金を集めたとかでかなりの低予算である。彼女にフラれバンドも解散してしまった売れないロックシンガー、ブレットが立ち直るまでをモノクロで描いた掌編で、たいしたことは何も起こらないのだが細かい日常描写がえらくリアルで(友達の誰が別れたとか普通にそのへんでも起こりそうな現実感で描写している)、またまたいろんな小ネタがロックファンにはたまらなく心に迫ってくるものがあり、非常に面白く見た。


 実はこの映画は『ゴドーを待ちながら』とか『桐島、部活やめるってよ』に若干似ており、おそらく一番の重要人物であるジャスティーンは一切画面に映らない。ジャスティーンは最初はブレットを振り、次にブレットの憧れの友人であるアメリカ版ジャーヴィス・コッカーみたいなメガネのロックシンガー、デイモンと付きあってこれまたすぐ別れるのだが、登場人物いわく知性と美貌と音楽の才能を兼ね備えた女神のような女だったらしい…のだけれども一切画面には登場しない。ここでジャスティーンを登場させちゃうと女性の交換とホモソーシャルみたいなありふれた話になりそうだが、出てこないところがなかなか想像をかき立てて普通の三角関係ものではないなという気になる。

 全体的にこの映画は男性が主人公でふられ男の日常を描いているわりには女性の描き方が少し変わっており、とくにミューズ観が面白い。ジャスティーンはブレットのミューズだったのだが、自身もどうやら優秀なミュージシャンだったみたいで、ブレットはずっとジャスティーンと共演したいと思っていたらしい。はたまたこの映画の最後のほうはグラム・パーソンズが死んだモーテルを訪ねて降霊会をやるとかいう話になるのだが、パーソンズのミューズはエミルー・ハリスだったという話が出てきて、どうもこの映画に出てくる男たちはミューズというのを単に客体として霊感を与えてくれる美女じゃなく自身も優秀でクリエイティヴで協働できる女性じゃないといけないと考えているらしいことがわかる。一方でブレットの母は息子にミューズなんかじゃなく生身の女と付きあえといって長年の友人であるクレオと付きあったらどうかと言うのだが、クレオ無声映画を撮りながら名画座をやってるという女性で頭がよく面白いけどあまり美人じゃない…のだが、ブレットの回想によるとブレットは会った瞬間、クレオのセクシーな友達テッサじゃなくてあまり可愛くはないが冴えてて独特の魅力があるクレオに惹かれたけどなんか気後れして付きあえなかったらしい。このあたりはアリソン・アンダースが共同監督しているからかもしれないと思うのだが、男同士でつるみたがるロックミュージシャンの世界を描いているにしてはミソジニーが少なく、またまた文系女子の手本のようなクレオが一番いい女に描かれていてまあ私はそういうのを見てすっかり溜飲を下げて帰ってきた。あと、ジャーヴィス・コッカーふうのデイモンはブリットポップとかにハマったことのある女性にはむちゃくちゃ可愛いと思うのだが、ライヴ中にめがねをかけていないのが許せない。


 しかしながらこの映画はかなり猛烈にジャームッシュの影響を受けており、モノクロの質感は『ダウン・バイ・ロー』や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『コーヒー&シガレッツ』なんかに似てるし、最後のパーソンズ降霊会とかは『ミステリー・トレイン』を思わせる。モノクロで恋愛模様を軽妙に淡々と描いているところは『GO fish』を思い出させるし、さらにところどころガス・ヴァン・サント風だったり、はたまたトッド・ソロンズイーサン・コーエンクエンティン・タランティーノなんかに似たオフビートなユーモアを感じさせるところもあったり、全体的に80年代半ば〜90年代くらいまでに映画を大量に見ていた人にぴったりあわせて調律されてると思った。こういう80年代〜90年代のアメリカンインディーズを見て育った人には「ああ、まだこういう映画が成立するのか!」と思えるという点でレトロな感動を呼び起こす映画だと思うのだが、ただもうちょっと過剰なものが好まれる21世紀にはこういう映画はもう作られないし必要とされてないんだろうなぁという気もする(というか、私もこの映画を見て久しぶりに、高校の頃はジャームッシュをやたら見ていたことを思い出した)。


 細かい恋愛模様の描写なんかはリアルですごくいいと思うし、ロックや無声映画なんかが好きな人には楽しい映画だと思うのだが、たぶんこういう映画はこれが最後でもいいんだと思う。しかし、21世紀的な現象であるキックスタートでこういうレトロな映画が作られたことは面白いなぁ…