おばちゃまが主役で、恋愛も家族もないけど幸せに美味しい〜『大統領の料理人』

 『大統領の料理人』を見てきた。

 内容はどうってことないグルメ映画…というか、料理人オルタンス(カトリーヌ・フロ)の、エリゼ宮ミッテラン大統領の専属料理人としてつとめた二年間と、次の職場である南極基地の料理人としての勤務の最終日を並行して描くというもの。オルタンスは素朴で伝統的なフランスの家庭料理が得意だということで大統領に目をつけられ、主厨房の嫌がらせにも負けず美味しい料理をたくさん作るのだが、最後は過労や他スタッフとの意見の衝突でエリゼ宮を辞職する。

 話としてはたぶんそこまで盛り上がりがあるわけではない。主厨房がいやがらせしてくるとかいうのはあるのだが、辞職の理由のほうはそれとはあまり関係なく、財政緊縮とか食事療法について上層部と意見があわないとかいうことが理由である。まあアーティストでありかつこだわりの技術者である料理人があんなにいろいろなことに注文をつけられたり、あまり創造性を発揮できないサンドイッチづくりにまで駆り出されたりしたら相当嫌だろうとは思うのだが、別に食事療法や財政緊縮やランチの手配を担当している人たちも自分のプロとしての仕事をやっているだけであって、別に何かいじめでオルタンスを辞めさせたとかオルタンスが敗北したというわけではない。プロとしての意見の相違という、そんなに劇的ではないが日常的にはよく起こりそうな問題がエリゼ宮でも起こっているというだけである。そういうわけで、アメリカ映画とかによくある「何か劇的な事件を克服しました」とかいうわかりやすい起伏はない。

 しかしながらオルタンスを演じるカトリーヌ・フロが大変良く、また料理もおいしそうだし、まだオルタンスのキャリア自体が変わっているということもあって全く飽きずに最後まで見られる面白い映画になっている。ものすごく苦労して古風なレシピで再現したフランスの地方料理が美味しそうだ、とかいうのはグルメ映画として当たり前だからいいとしても、やはりオルタンスのキャラがいいのがこの映画の勝因だろうと思う。オルタンスは全然美人とかではないふつうのおばちゃまなのだが、農場を持っている優秀な一匹狼のシェフで、その頑固だが有能な仕事ぶりが実に血の通ったものとして描かれている。恋愛とかは全然出てこないし、娘とかおじさんとかはいて家族とは関係良好らしいのだがみんな自立してるみたいなのでこの映画では別に家族はそんなに重要なものではない。オルタンスは基本的に一人でどこにでも行くシェフ…であるのだが、部下や同僚には大変慕われていて、創造性が発揮でき、スタッフに恵まれた職場さえあれば十分幸せという感じだ。なんというか、こういう美人ではないけど芝居はできるおばちゃまの女優さんを主人公に、恋愛も家族も出てこないけど仕事や芸の道でじゅうぶん充実した中年女性の人生を描いてそれで十分面白い映画、っていうのはよく考えると少ない気がするので、見ていてとても気分が良かった。とくに男ばっかりの南極の職場でオルタンスがスタッフ皆から慕われているという描写は安易にオルタンスの母性とかを強調しない感じでバランスが良かった。基地ではどうも一人ちょっとオルタンスに惚れかけてたおじちゃまがいるのだが、そのあたりの描写もさっぱりしていて気に入った。

 しかし、最後のほうで南極基地の男たちがオルタンスを送る会で寸劇をやるところ、ああいう芝居を送別会でやって送られる人が喜ぶ、って日本人とかには非常にわからんセンスだと思うんだけど、どうなんだろう…寸劇の筋としては、大統領がオルタンスの料理にメロメロで首相になってくれって言うけど断る→南極基地のスタッフが、オルタンスが首相にならずに南極に来てくれたことを感謝する、っていうものなのだが、なんか私はあまり面白くないし下手すりゃ失礼?なんじゃないかと思ったんだけど、あれたぶんフランス人の感覚ではアホなだけで全然失礼とかではない寸劇なんだよねぇ…