青春のさなだ虫はどこへ消えた〜『フィルス』(ネタバレあり)

 
 ジェームズ・マカヴォイ主演の『フィルス』を見てきた。

 これ、たしか私は高校生の時にアーヴィン・ウェルシュの原作を読んで(出たのが1999年だから10年以上前である)、その時の記憶によると主人公の悪徳警官が腹に虫をわかせてしまって、そのさなだ虫の意識を語りに取り入れる…みたいな相当に実験的なテクニックを使った作品だったと思うのだが、なんとこの映画にはさなだ虫は一瞬しか出てこない。私の青春のさなだ虫はどこへ消えたんだ。いや、まあたぶんさなだ虫視点で語りを作る映画とか無理と思ってそうしたんだろうが…思ったよりもだいぶ普通のちゃんとした映画だった。

 構成としては、エディンバラの警察につとめていて昇進を狙っている主人公の悪徳警官ブルース(ジェームズ・マカヴォイ)の人を騙し暴力をふるい麻薬をキメつつだんだん頭がおかしくなっていく日常生活(それは日常生活なのかっていう話だが)に、なんだか現実感のないブルースの美人妻キャロルのシークエンスが唐突に入ったり、ブルースが変な医者にかかる妄想のシークエンスが入ったり…というものである。最後はキャロルのシークエンスも全部ブルースの妄想、というか女装したブルース自身の行動だったということがわかる。キャロルがブルースのもとをとっくに出て行ったらしいことは最初からお客さんにはわかるようになっているのだが、ブルースは周りの人にはひた隠しにしていたものの、最後にブルースが女装でボコられたところが同僚に発見されてしまい、さらに現実世界で既に他のまともそうな男と暮らしているキャロルに避けられ、とうとう狂気に陥ったブルースは自殺をする(↑いやまあなんかあらすじを書いていたらそんなに普通の映画じゃなかったような気がしてきたが、さなだ虫視点のシークエンスとかがないことを考えると別に普通の映画である)。

 とりあえず、たぶんこの映画は何よりもまずジェームズ・マカヴォイの演技を楽しむ映画である。マカヴォイというとナルニア(ひでえ映画だった)のタムナスさんで『つぐない』のロビーで『ウォンテッド』のギブソンで…と、なんかとにかく気の毒な優男の役ばかりやっているようだが(プロフェッサーXも優男ですよねぇ)、この人、たぶんスコットランド訛りでしゃべったほうがセクシーである。以前舞台で見た『マクベス』とか、セリフがほとんど聞き取れないレベルにスコットランド訛りだったのだがすごく荒々しい王でへえーこんな役できるのか…と思っていたんだけど、今回のブルース役もスコットランド訛りが猛烈でやたらワイルドな感じですごく良かった。とんでもない悪徳警官で頭もおかしいのだがなんとなく愛嬌があり、客の関心を惹きつけて放さないというところでは非常に良くできたピカレスクものだと思う。ブルースとブレイジー夫妻の関わり方とかは「それはありえないだろ」と思ってしまうところもあるのだが、マカヴォイの芝居でブルースのペースにのせられてしまうのでなんとか最後まで失速しないという感じ。

 これは全く私の印象論なのだが、この映画、ちょっとイアーゴー視点の『オセロー』みたいな感じのところがあって、やはり『マクベス』とかシェイクスピア劇で鍛え上げているマカヴォイだからこそこういう愛嬌と悪意を兼ね備えた役をうまく作れたんではないかと思った。ほぼサイコパスで上昇志向も猛烈であるブルースが他人の信頼を得るのだけは上手、というところは、皆から「正直者のイアーゴー」と褒められているが腹の中は黒くて野心的なイアーゴーに似ていると思う。あと、最後にブロンドのキャロルがアフリカンの真面目そうなおっさんとくっついているところもまるでオセローとデズデモーナのカップルみたいだと思った。今度は是非マカヴォイ主演で『オセロー』を作って欲しい。

 演出のほうは、さなだ虫の出番を減らすかわりにジム・ブロードベンドのへんな医者が出てくる妄想シークエンスを作って語りを工夫したり、またまたかなりエディンバラの風景をきちんと撮ってスコットランドご当地映画らしくしたり、10年以上前に出たかなり映画化も困難そうな小説をきちんと見せるためにいろいろな試行錯誤をしてるなと思った。暴力のターゲットになるのを黒人から日本人にしているあたりや(日本語があまりナチュラルじゃないしやたら日本人弱いのはどうかとも思うが、まあ『ハングオーバー』とかに比べれば東アジア人の扱いはマシなほうかも)、ナショナリズムの高まりや同性愛差別の扱いなんかを原作よりもやや強調することで原作のちょっとしたアップデートを試みているかもな、とも思った。ブルースが「お前の悪口言ってるやつがいるぞ!カトリックだと触れ回ってる!」とか、ブルースが「国の一部ではゲイ雑誌に警察が広告を出したりしているんですよ」と言うと上司が「ここはスコットランドだぞ!」というあたり、いかにもスコットランドに対する諷刺がキツくて面白いなと思った。

 ちなみに、この映画を見ていて一番衝撃だったのは『リトル・ダンサー』のビリー・エリオットことジェイミー・ベルが出てて、エンドロールのクレジット見るまで気付かないくらい変貌してたということである。っていうか『ジェーン・エア』にも出てたのか…

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