60年代、ビートルズとその無垢なファンダム〜『愛しのフリーダ』

 ビートルズ及びアップルの秘書として11年間働いたリヴァプール出身の女性、フリーダ・ケリーの話をまとめたドキュメンタリー映画愛しのフリーダ』を見た。

 フリーダは大変口が堅く忠実な秘書だったので、最近まで全くビートルズのことを口外せず、60年代に仕事の関係でもらったビートルズ関係の品(今ならすごい高値で売れるだろう)なんかも他のファンに譲ってしまって地味に暮らしているらしいのだが、孫ができて自分も年をとってきたため、過去の仕事のことを後世の人のために記録に残す気になってくれたらしい。ビートルズのプライヴァシーを口外しないという覚悟は立派なことだが、60年代の音楽業界についていろいろな情報を持っているのにそれを秘密にしたままというのは一般のファンにも研究者にも大変残念なことなので、話す気になってくれてよかった。今のフリーダはリヴァプール弁をしゃべる気さくなおばちゃまになっており、今でも秘書として働いているそうだ。

 この映画はビートルズのメンバーとのちょっとしたエピソードから仕事にまつわる話までいろいろなネタが豊富なのだが、一番興味深いのはファンクラブの運営に関する話である。フリーダはもともとファンクラブ運営のサブチーフみたいなことをしており、その縁でブライアン・エプスタインの秘書になったそうで、ビートルズの解散後も二年ほどファンクラブの運営を担当していたため、当時のビートルマニアの様子について非常にたくさんの情報を持っている。ここはビートルズに興味なくてもファンカルチャーに興味がある人なら面白いだろうと思う。60年代というのはアーティストもファンもものすごく無邪気だったみたいで、ファンがビートルズの事務所にメンバーの髪の毛とかメンバーが使ったシャツとか枕カバーなんかを送ってほしいと頼んでくることがあり、なんとビートルズも公認で律儀にフリーダがそういうものを各ファンに送ってたとか…今なら絶対アーティストはそんなもん送らないだろうし、ファン仲間がそんなファンレターをアーティストに出していたらちょっと周りの人も引くレベルだと思うのだが、この頃の事務所の人たちはそんなにイカれたことだとは思っておらず、ビートルズは鼻で笑う程度でOKしていたのだそうだ(自分のシャツや髪の毛がファンの女の子に送られるとか、気持ち悪くなかったのだろうか…?)。さらに、毎日何千通もファンレターがくるのにそれに対処して各ファンのためにサイン帳をつくってあげたり返事を書いてあげていたフリーダはとんでもなく優秀で勤勉な秘書だったのだろうと思う。本人もビートルズの熱狂的なファンだったので、他のファンの女の子の気持ちがよくわかるからやる気が出たんだ、みたいな話をしていて、優秀なだけじゃなく優しく思いやりのあるファンガールだったようだ。しかしながら、ビートルズの人気がそういう律儀できめ細かいファンサービスで不動のものになったというのは確かである一方、迷惑行為を働くファンもおり、ジョンは私宅まで来るストーカーにあったり最後は殺害されたりしたわけで、フリーダがむちゃくちゃ優秀でしかも心優しい職員だったことが心ないファンをエスカレートさせた可能性もあるのかもと思うとなかなかつらいなぁとも思った(まあチャップマンは別にジョンのシャツが欲しいとか頼んでないと思うし、ビートルマニアの女の子たちはみんなが思うほどイカれた感じではなく節度あるファンガールも多かったらしいが)。

 このほかにも60年代の音楽ビジネスがものすごく男性社会で、ビートルズの秘書なんていうのは女性にとっては最大といってもいいくらいの出世だった…という厳しい業界話とか、ジョンとケンカして最後はジョンに床にヒザをつかせて謝らせた笑い話とかいろいろ面白いのだが、最後にリンゴが出てきてフリーダの孫あてに「キミのおばあちゃんはサイコーだよ!」というメッセージを伝えてくれる。リンゴはマジいい人だ。