母乳汚染から男性乳ガンまで、乳房に関する話題をバランスよくカバー〜『おっぱいの科学』

 フローレンス・ウィリアムズ『おっぱいの科学』梶山あゆみ訳(東洋書林、2013)を読んだ。

おっぱいの科学
おっぱいの科学
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フローレンス ウィリアムズ
東洋書林
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 基本的には、自身も母親で母乳で赤ちゃんを育てている科学ジャーナリストであるウィリアムズが、乳房をめぐるさまざまな科学的話題をレポートするというものである。乳房観の変遷のような歴史的な経緯から最新の科学研究までバランスよくフォローしており、また扱っている話題も胸をめぐる進化の仮説から母乳汚染や男性の乳ガンまで、非常に幅広い。

 この本の面白いところとして、知識がある科学ジャーナリストと科学者のコミュニケーションがフランクな形で描写されてるというのがある。ウィリアムズはなるべく情報が偏らないよう、意見が対立しているような科学者にはできるだけ両方に取材することにしているようで、研究者間の対立をたまにおもしろおかしく、とはいえバカにしたような感じではなく知識ある取材者として分析しながら科学が一枚岩ではないことを描いていて、なかなか科学の世界がカラフルに見えるところが良い。科学者とのやりとりを描写した部分には、笑えるところや心にしみるようなところもある。たとえばウィリアムズはボストンで母乳と腸内微生物の研究をしているデイヴィッド・ニューバーグという研究者に会うのだが、ニューバーグはそこで冷凍した自分の研究サンプル(つまり、赤ちゃんの排泄物)をウィリアムズに見せようとする…ものの、なんと冷凍庫の管理ミスでサンプルが全部溶けてしかもちょっと漏れてるというとんでもない事態をウィリアムズに見せることになってしまう(科学者でなくても少しでも研究とかやったことある人ならわかると思うがこれは全くの悪夢である)。しかしながらウィリアムズはあまり動じないでこのことを描いているあたりのタッチが面白い。一方でラトガース大学の人類学者であるフランシス・マシア=リーズという研究者は、自分の胸が大きいせいでたびたびセクハラまがいの扱いを受けてきたことを語っていて、またまた男性のおっぱいに関する偏見が乳房の研究に悪い影響を及ぼしているかもしれないという話もしている。この男性科学者のおっぱいと母乳に対する偏見については、本書でも最初に触れられているロンダ・シービンガーの『女性を弄ぶ博物学―リンネはなぜ乳房にこだわったのか?』でも詳しくとりあげられているテーマなのでもし興味ある方は是非一緒にどうぞ。

 この本で一番心を打つのは、第12章の男性の乳ガン患者を扱った部分である。ノースカロライナ州キャンプ・レジューンに駐屯していた男性の兵士たちが汚染水道水のせいで集団で乳ガンを発症するという悲惨な公害事件があったそうで、この章は退役兵たちと乳ガンの戦いをかなり詳しくまとめている。男性(しかも元海兵隊員)が乳ガンにかかるというのはそんなに多いことではないので、乳ガンと診断された退役兵たちはかなりのショックを受けたらしいのだが、比較的早く乳ガンが見つかったマイケル・パーテインを中心にネットを通して互助組織のようなものが作られ、補償を求める活動なども行っているらしい。退役兵の乳ガン患者たちは最初は自分が突然女性のものとされている病気にかかったことに動揺するらしいのだが(このあたりの描写がかなり切実で傍目にもつらそうに見える)、そういうつらい中で女性の乳ガン患者たちが男性患者を色眼鏡で見ないで親切にしてくれること、また互助グループで男性患者にも支援をしてくれることには安らぎを見いだしているらしい。章の冒頭には手術から生還した患者のひとりであるジム・フォンテッラの非常に胸に迫る写真が掲載されており(こちら)、現在もキャンプ・レジューンの乳ガン発生とその患者たちについてはいろいろな活動が行われているらしい。