アイルランドから逃げて来たら、ソマリアの人に襲われた〜『キャプテン・フィリップス』(ネタバレあり)

 『キャプテン・フィリップス』を見てきた。アメリカ人の貨物船船長がソマリアの海賊に襲撃され、人質にとられる…という実際の事件をもとにした作品。トム・ハンクス主演で予告編もわりと感動風味だったのでどうかな…と思ったが、全然そういう感じではないドライでジャーナリスティックなアクション映画だった。

 船の上でやたらカメラを揺らす撮影で若干気持ち悪くなったが(あの意味なくカメラを揺らす演出の流行はポール・グリーングラスがかなり責任あると思うのでそれだけでちょっと割り引いちゃう)、『ユナイテッド93』の時同様のドキュメンタリータッチの演出はとても力があるし、想像だけであまりテロリストの内面とかに注目せず偏った印象を受けた『ユナイテッド93』(←これはおそらくスタッフも観客もあまりにも911テロに動揺して事態を冷静に分析できてなかった時に気分を落ち着かせるために撮った「喪の映画」だよね)に比べると、はるかに現在の政治状況を冷静に分析し、偏らないように描いていると思う。ソマリアの海賊たちは貧困ゆえに海賊行為に走らざるを得ない(そしていくら海賊で稼いでも結局金をボスにピンハネされる)若者で、ろくにごはんも食べてないのかリーダーのムセはやたら痩せているし、一方のアメリカの船員たちも景気が悪く厳しい世の中、海賊がいる海をいやいや航海させられるという悪い労働条件のもとで働いているし、船長のフィリップスは息子たちの将来が不安でたまらない。冒頭でフィリップスが妻(キャサリン・キーナー)に「今は昔と違って厳しい時代なので、真面目にやったって息子たちはロクな職につけないかもしれない」的な話をするところがあるのだが、それを聞いた後にソマリアの若者たちの貧しい暮らしぶりを見ると、この話はグローバリゼーションの中で搾取を受けてる人達同士が争うという実につらい内容を描いた話なんだな…ということがよくわかる。

 既にいろいろレビューが出ているのでかなり言い尽くされていると思うのだが、この映画のリアルさは、実はけっこうフィリップス船長側も海賊側も強かったり冴えていたりしないというところにあるのではないかと思う。海賊の襲撃を受ける前のフィリップスは「どうしても積み荷をモンバサまで運ばないと!」と乗組員の反対を押し切って危険なソマリア海盆を航海したり、あまり賢明とはいえない処置をとっており、そこだけ見ると生真面目なせいで失敗してしまいがちなボスのように見える。海賊に襲われてからはフィリップス船長とその部下たちはいろいろ考えて効果的な反撃をするのだが、後半、一人で人質にとられたフィリップス船長は脱出を試みて失敗し、アメリカ軍の助けが来るまでは全くいつ死ぬかわからない無力な状態に置かれていて、めざましい活躍とかをするわけではない。一方の海賊チームも機転が利くのはリーダーのムセだけで、あと操縦係は真面目だがあまり存在感がなく、残りのメンバーはチンピラに子どもに…というふうに頼りないことこの上ない(海賊が頼りないっていうのもヘンだが)。おそらくアメリカ軍がそれを見抜いて、一番賢いムセを交渉と称しておびき出し、他の三人と引き離すのだが、残された三人はまるで母イノシシを見失ったうりぼうみたいに暴走して結局全員死んでしまう(ムセをだましておびき寄せて逮捕するというアメリカ軍のやり方は合法なのか、ちょっとかなり疑問がある)。しかしながら海賊側も貨物船側もそこまで飛びぬけて賢明なわけではなく、結局はアメリカ軍の物量がないと事態が完全に膠着してしまう、というところがこの話のリアルなところなんだろうと思う。

 もうひとつ気になったのは、貨物船側がアイルランド系だということである。映画の中でフィリップスが海賊たちに「アイルランド系だ」と言うと海賊たちがフィリップスを「アイリッシュ」と呼び始める場面があるが、ここはちょっと『ラストキング・オブ・スコットランド』でアミンがニコラスに「スコットランド人か!それは仲間だ!」というところを思わせる(別に海賊たちとフィリップスは仲間になるわけではないが)。あと、フィリップスの部下であるシェーン・マーフィも名前からしアイルランド系ではないかと思う。そうなるとフィリップスたちの先祖はおそらく帝国主義の時代に英国の植民地支配下にあるアイルランドで食えなくなってアメリカに移住してきた人たちであるということになる。となるとこの映画は、そういう過去の帝国主義に苦しんだ人々の子孫であるフィリップスたちをもっと新しい形の搾取であるグローバルな資本主義に苦しむムセたちソマリアの海賊が襲うという、貧乏人が若干上昇した貧乏人に戦いを仕掛けるという実につらい話であることがわかる。

 いつものヒューマン風味を抑えたトム・ハンクスの演技は大変よく、とくに最後、助かった後に医務室で放心と衝撃の間を行き来するような微妙な表情はすごいと思った。グリーングラスってこんなに役者の微妙な演技を引き出せるのか…と思った。ムセ役のバーカッド・アブディも、機転が利くけど超人的に強いとかではなく、海賊なのに人間味があって…という難しい役どころをうまく表現していてとても良かった。この人、映画だけじゃなく舞台をやるといいんじゃないかな?となんとなく思った。