堀北真希主演の『9days Queen〜九日間の女王〜』を赤坂ACTで見てきた。エドワード6世崩御後に9日間だけイングランド女王の座についたジェーン・グレイの半生を描いた歴史ものの芝居である。青木豪脚本、白井晃演出ということで、完全和製で英国史劇を目指すという野心的な作品ながら、かなりうまくいっているように見えた。
話は若く勉強好きなジェーンが、王族の一員としてエドワード6世やメアリ王女、エリザベス王女と同等の教育を受けることが決まるあたりから始まる。エドワードが幼馴染みのジェーンにほのかな恋心を抱いたりもするのだが、結局ジェーンはダドリー家に政略結婚で嫁がされることになる。ダドリー家の家長ジョンはジェーンの両親であるヘンリーとフランシーズとは懇意にしているのだが、政治的にはジェーンと意見を異にしていて横暴な人間である。一方、その息子でジェーンの夫となるギルフォードは一見しょうもない遊び人でとんでもない夫ではあるが、実はわりあいまともな良心のある男性で、時間はかかったもののジェーンと協力しあう夫婦となる。ジェーンの両親であるグレイ夫妻とジョン・ダドリーはエドワード6世の死後、共謀してジェーンを無理矢理王位につける。しかしながらこのもくろみは結局は失敗し、メアリが王位についてジェーンは処刑されることとなる。全体的にはジェーンの恩師のひとりである学者のロジャー・アスカムが狂言回しをつとめるという構成になっている。
ジェーンは謹厳なプロテスタントで、おしゃれにも政治にも興味がなく、宗教や古典を研究することだけが喜びという浮き世離れした学究的な女性として描かれている。それなのにジェーンの両親やジョン・ダドリーは嫌がるジェーンを結婚させ、無理矢理王位につけ(この選択は結局、大失敗であったということになるのだが)、そのせいでジェーンは何も悪いことをしていないのに殺されてしまう。なんというか全くの薄幸の美女、周りに流されるばかりの悲劇のヒロインという感じで一見すると面白みのない女性なのだが、とにかく学問が好きな女性なのに男と違って学究に実を捧げることが許されておらず、結婚を強要されてしまうという理不尽さが強調されている。このあたり、現代にも通じる女性への抑圧を描いている感じで、うまく一本調子な悲劇的描写を避けており、お客が親近感を持って見ることができるように工夫していると思う(結婚を嫌がるジェーンの描写は、この間『かぐや姫の物語』の感想でちょっと触れた「クィアな処女」の概念にもつながるかもしれない)。
全体的にはシェイクスピアや王政復古期の英国の史劇を再現するような感じの脚本・演出・美術を目指している感じで、かなり大作感があって見応えもある。とくに王政復古期から18世紀初めくらいにイングランドで流行ったヒロインものの歴史劇に雰囲気が非常に近く、この頃の芝居に興味がある人は必見だと思う。またまたそういうややセンチメンタルな大作歴史劇の雰囲気に堀北真希の美少女オーラがよく似合っており、そのせいでなんとなく説得力があるということもある。
とても面白く見ることができたのだが、ただ四点ほど疑問はある。一点目は音楽の使い方。音楽自体はよかったのだが、鳥がラテン語で歌う内容をジェーンだけが理解するっていう設定はどうなのかな…学究的な女性が鳥が古典語で歌うのを聞く、って、かの有名なヴァージニア・ウルフの狂気を連想させるので、ちょっとこの設定はいらないんじゃないかと思ってしまった。二点目はエリザベスとメアリの描き方である。この二人は「いじわるな義姉妹」みたいな感じで作ってきているのだが、まあこれは好みの問題だと思うんだけれど、私としてはもうちょっとこの二人の政治的葛藤を細かく描き込んだほうがよかったのではないかという気がする(「いじわるな義姉妹」にしてももうちょっといろいろ細かい機微があってもいい)。三点目は衣装で、セットが豪華なわりに衣装がちょっとモダンすぎる気がした。ジェーンの婚礼衣装が真っ白だったりするんだけど、あの頃のウェディングドレスってあんなんだっけ…?四点目は最後のアスカムのプロローグで、よく芝居を見ていればあのプロローグで言ったような内容はたいてい説明されなくてもわかると思うので、くどかったんじゃないだろうか。プロローグはもっと短くてもよかったと思う。