記憶の重要性vs記録の罪〜『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(ネタバレ)

 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』を見た。

 息もつかせぬアクションとか、テロの恐怖を利用してビッグ・ブラザーみたいな監視社会を作ろうとするS.H.I.E.L.D.にアメリカ社会への強烈な諷刺をこめた展開とか、そのへんはもう既にさんざん指摘されているからいいとして(こちらとか)、うちが面白いと思ったポイントとして、人間を人間たらしめるものは記憶だが、記録をとることは人間を非人間的にする、という矛盾がこの映画の中ではけっこうよく表現されているというとこがある。

 キャプテン・アメリカ(キャップ)は常に高潔で人間らしくあろうとしている男である。キャプテンはそんなに難しいことには興味ないみたいだが、まだ反知性主義がはびこってない時代から来た人でもあり、自分が氷付けになってから復活するまでの空白の期間を埋めるため、いろいろポピュラーカルチャーに登場するものを中心に勉強をしようとしている。冒頭でちらっと見えるメモにはロッキーとかいろいろ「必修」のものが書き込んであるが、出会ったばかりのサムにすすめられた'Trouble Man'(マーヴィン・ゲイでもこの曲なの?とちょっと思っちゃった)をメモするあたり、多様なものを貪欲に吸収しようとしている。このメモがルネサンス人のコモンプレイスブック(ルネサンスの人が作っていた、何でも気になることや覚えておきたいことを書き込んでおくノート)みたいで文化史の研究者としては非常に面白いところだ。実はヘンリー・ルイス・ゲイツという有名なアフリカ系アメリカ人の研究者がLoose Canons: Notes on the Culture Warsという本で、キャノン、「正典」(ある文化において、価値があるとして権威を獲得している作品群)とは「我々が共有する文化のコモンプレイスブックだ」と述べている。キャップが作っているいろいろな国の大衆文化のリストは、人々から教わっておすすめのものを書き込んでいるという点でまさにこの「共有する文化のコモンプレイスブック」であり、そこにアフリカ系アメリカ人であるサムのオススメが入っていていてそれが最後に効いてくるというところは、おそらくアメリカが多様な文化を取り入れて成熟してきた場所で、キャップはその偉大なアメリカの記憶を今から取り戻すため頑張っている、という含みがあるのだろうと思う。キャップにとって、自らの空白期間をこうした共有文化の記憶で埋めていくことは、良きアメリカ人であるために必要なことである。またまたキャップ自身がアメリカの「歴史」、つまりアメリカ人の共通の記憶となった男でもあり、自分の展示がスミソニアン博物館で実施されているのを面はゆい気分で見に行ったりする。

 これに対してキャップの敵であるウィンター・ソルジャーは記憶を持たない。途中で記憶を取り戻しかけ、かなり荒っぽい方法で記憶を再消去されているところからもわかるように、この映画では記憶を持たないということは人間性を失うことに等しい。記憶とか過去を一切、奪われてしまったウィンター・ソルジャーは人間である資格を奪われた存在であり、必死に空白期間の「記憶」を取り戻すことで人間らしくあろうとするキャップとは対極にあるような存在だ。ゆえにキャップはウィンター・ソルジャーの記憶を復活させ、彼と記憶を共有したいと願っている。

 しかしながらこの映画における主要な罪は、なんとも皮肉なことに「記録」することである。記憶しておくことは人間を人間たらしめるのに必要なことであるが、この映画ではそれが行き過ぎ、あらゆる人間の記録を無作為に集めてそこから未来を予測し、危険を未然に摘み取ることを目指そうとする悪役たちが出てくる。人間らしくあるためには大事なことを記憶し、それをある程度共有する必要があるが、その記憶をあまりにも記録しすぎるとそれは個人の自由を侵害する罪になる。無作為に収集される記録と、大事なことだけを選んで共有する記憶の間には差があるのだが、そこはイマイチはっきりしない。たぶん、その差がはっきりしていないというところにS.H.I.E.L.D.がヒドラにつけこまれてしまった原因があるのではないか…という気がする。この映画は、人間が人間であるには過去のことを覚えて共有する必要があるが、行き過ぎるとこの共有は恐ろしいことになる…という話をしているのではないだろうか。何を大事なこととして覚えておいて、何を忘れるかに自由意志が介在してくるのがポイントだと思う。


 …と、ここまですごく真面目なことを書いてきたのだが、最後に一言、とにかくファルコン役のアンソニー・マッキーがカッコよかったことを付け加えておきたい。ウィングがよくバーレスクで使うアイシスの翼みたいで、ちょっと飛行マシンとしてはあり得ない形な気がしたのだがバーレスクファンとしては満足してしまった。