面白いところもあるが、眉唾〜ハナ・ロジン『男の終わり、そして女の勃興』(The End of Men: And the Rise of Women)

 ハナ・ロジン『男の終わり、そして女の勃興』(Hannah Rosin, The End of Men: And the Rise of Women, Riverhead, 2012)を読んだ。

The End of Men: And the Rise of Women
Hanna Rosin
Riverhead Hardcover
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 これはフェミニスト的な視点から、アメリカ合衆国では家父長制がゆるやかに解体を見せており、家母長制的な暮らしに移行しているというようなことを書いた本である。著者のハナ・ロジンはイスラエル系(なので名前の発音はあまり自信がなく、「ロージン」か「ロシン」かも)でSlateやThe Atlanticに記事を書いていたジャーナリストである。

 やり手のジャーナリストというだけあって、取材はかなりしっかりしていると思う。インタビューもきちんととってるし、関連する統計や学術論文の調査もたくさんやっている。個別の紹介事例とかは非常に面白いものが多く、アメリカ合衆国の成功した女性たちはこういうことを考え、こういうふうに暮らしているのか…ということを知るという点では興味深い。

 しかしながら、全体的にはそんなに説得力がある本ではなかった。いくら読んでも「家母長制」とやらがどこにあるのか全然わからなかったし、チェリーピッキング(都合の良さそうなデータだけ集めてくること)が疑われるところや解釈で強引に押しているところも多数ある。女性が貧困や性犯罪に苦しんでいる現状からするとあまりにも実感とかけ離れている、というのはまあ印象の問題だから置いておくとしても、今までは「女性が不利な立場にある」ということの証拠とされてきたようなデータをそのまま持ってきて「いやそうじゃない!」みたいな主張をしているところが目につく。古代文化の研究者でフェミニストであるメアリ・ビアードも言っているように、タイトルさえなければ政治や労働に関する部分なんかは今までの「女性がトップに立てない」という議論とたいして変わらないように読める。

 とくに気になったのは大学のhook-up culture(カジュアルセックス文化)の話である。気軽にセックスして付き合ったり付き合わなかったりできるhook-up cultureはかつての女性に純潔を強要する文化に比べればはるかにマシであり、多数の若い女性はそのことを認識している、というところまでは完全に同意できるのだが、女性が過剰に性化されること(この本では男性も性化されはじめていることを書いていて、そこはまあ面白いのだが)、そしてそれがエンパワーメントの名のもとに余計に女性に対する抑圧を強める可能性があること、というのは、今までさんざん指摘されてきた論点で、一般向けの書籍でもエーリアル・レヴィの『男性優越主義のメスブタ』とかナターシャ・ウォルター『生き人形−性差別の帰還』でかなりこまごまと述べられてきたことである(これらの本の論旨も全部納得っていうわけではないが、ロジンに比べれば筋が通っていたと思う)。とくにhook-up cultureにはセクシャルハラスメントの問題はもちろん、この間レビューした『パーディタ』にも関わってくることだが、女性を年齢や美醜だけで評価する男性中心的基準がいかに女性(美人でもそうでなくても、若くても年を取っていてもみんな)を抑圧するか、っていう話も関わってくると思うので、そのあたりのツッコミ方がかなり浅い気がする。

 ただ、そんなに全体がつまらない本というわけではない。なぜ女性薬剤師が増えているか、ということを取材した'Pharm Girls'の章や、平等が進むほど女性の暴力犯罪が増えているらしいという'A More Perfect Poison'の章(これはかなりコントロヴァーシャルだが、「非暴力」「平和」というのが女性の本能とかではない、っていう議論じたいは面白い)なんかは興味深く読めるところもたくさんある。女性が経済活動しやすいオーバーンの街が非常に栄えているっていうpp. 106-08あたりの話は、今しょーもない少子化対策やら女性の活用うんちゃらをやっている政治屋の皆さんにはマニキュアの垢でも煎じてのんで頂きたいところである。最後の章はアジアの女性の活躍についてで、韓国の厳しい社会環境とその中で活躍をめざす女性の話が出てくるのだが、日本の今の状況を考えると全く暗澹たる気分になった。

 と、いうことで、面白いところはあるが説得力についてはかなり眉唾な本だと思う。これよりも上であげた二冊やキャトリン・モランの『女になる方法』、あとシェリル・サンドバーグの『リーン・イン』のほうが、一般向けフェミニズム本としてはずっと面白いと思う。とくに『リーン・イン』は邦訳が出ているしとにかく読みやすいのでおすすめ。