引きこもりの底力〜ニコラス・フィリップソン『アダム・スミスとその時代』

 翻訳チェックを少しだけ手伝った本、ニコラス・フィリップソン『アダム・スミスとその時代』が発行されました。

 

アダム・スミスとその時代
ニコラス フィリップソン
白水社
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 家に引きこもってばかりで、現代風に言えば所謂非コミュであったアダム・スミスがいかに鋭く人間の共感とか社会のあり方を観察・考察していたかということを、18世紀スコットランド啓蒙という社会的背景にも留意しながら詳細に記述した伝記である。スミスは子どもの頃病弱で、さらに鋳掛け屋(たぶんトラヴェラーみたいな人だと思う)に誘拐されて慌てて連れ戻されるなど危険なめにあったりしたこともあり、寡婦である母マーガレットに過保護に育てられ、年をとっても結婚せずずっと母親と暮らしていたそうだ。


 スミスは非常に非社交的でめったに手紙も書かないような人だったが、同郷の哲学者デイヴィッド・ヒュームなどとは親交があった。ヒュームは実に機知に富んだ人で、この本に引用されている手紙は面白いものが多いが、とくに268ページに訳出されている以下のスミス宛のラブレター(?!)のような手紙がとくに面白い。

貴方がどうしていたのか知りたいですし、引きこもっているあいだに取り組んでいた構想について、精細な説明を聞き出すことにしましょう。考察のいろいろな箇所で、とくに不幸にも私と意見を違えている部分で、貴方が間違っているのは疑いありません。私たちが会う理由はこれだけあるのですから、その目的を果たすため、ちょっとした穏当な提案をさせてもらえればと思います。[フォース湾の中間点に位置する]インチキース島には人が住んでいません。エディンバラでだめならば、貴方にはその場所で私に会ってもらい、意見の割れている箇所すべてについて両者が納得するまで、ふたりのうちどちらもそこを離れてはならないことにしようではないですか。

 あまりにもスミスが引きこもっているからせめて無人島でふたりっきりで議論を!とか、どこのおっさんスラッシュかという感じだが、この頃スミスは本当に隠遁していて、昔のボスだったバクルー公爵以外の人はほとんどスミスの生活に割り込むこともできなかったらしい。

 晩年の話でとても興味深いのは、スミスは『国富論』出版後いろいろ政府の仕事をしないといけなくなって、予定していた著作を刊行できなくないまま亡くなってしまったということである。中には芸術論も含まれていたらしい。これは非常に残念なことだし、またまた今ちょうど京大で起こっている総長選の落選運動なんかを考えるにあたっても示唆的な話だ。