アメリカにおける、新しき「女大黒柱」たち〜Liza Mundy, The Richer Sex: How the New Majority of Female Breadwinners Is Transforming Sex, Love and Family

 Liza Mundy, The Richer Sex: How the New Majority of Female Breadwinners Is Transforming Sex, Love and Family (New York : Simon & Schuster)[ライザ・マンディ『豊かなほうの性別:いかにして新しく増加する女性の大黒柱がセックス、愛、家族を変容させているか』]を読んだ。これ、タイトルだけだとまるで性生活についての本みたいだが、実はアメリカにおける女子労働と賃金に関する本である。著者はジャーナリストで『ミシェル・オバマ アメリカを変革するファーストレディ』の著者でもあるライザ・マンディ

 基本的にこの本が言いたいことは、現在、アメリカでは女性労働者の稼ぎがどんどん増え、夫よりも収入が多かったり学歴が高くなるような女性も若い世代で増えてきていて、それが家族や恋愛、セックスにも大きな影響を与えているということである。テーマもアプローチも、この間とりあげたハナ・ロジンのThe End of Men: And the Rise of Womenによく似ており、女性の地位向上について非常に楽観的な展望を提示しているが、こちらのほうがかなり経済と労働に寄っている。ただ内容はやっぱりハナ・ロジンの本と同じであまり説得力があるとは思えなかった…

 この本の著者であるマンディもロジン同様やり手のジャーナリストということで、The End of Menにも増して統計やら学術研究やらが出てくる。アメリカ合衆国では夫より稼ぐ女性がかなり出てきていて、そういう女性が自分より学歴や収入が低い男性と結婚する事例も増えてきているそうだ。男性のほうもいろいろ戸惑ったりモメたりしつつもそれに対応しつつあり、自分より稼ぎのある女性と結婚して主夫になったり、また激務でなくて家庭生活や趣味が楽しめるような仕事についたりするという事例も出てきているらしい(一方でケンカや、離婚にまで至るような事例もある)。そういう家庭生活の当事者に取材をして話をきいているあたりの事例調査は面白い。

 面白いのは、アメリカのワーキングクラスや民族的マイノリティの場合、男性よりも女性のほうが高い教育を受けようとする傾向があるというところである(第三章)。なんでもアメリカには「男の子のほうがマリファナきめたりテレビゲームしたり、子どもっぽくて遊んでばっかりだから」というステレオタイプがあるそうで、まあそういう男の子もいないわけではないのだが、一方でとくにワーキングクラスの場合、早く仕事について稼ぐのが一人前の男にふさわしいことだ、というプレッシャーがあるために教育を早く切り上げて仕事につく男の子もいるらしい(45)。このあたりの「若くして金を稼げてこそ男だ」という価値観の分析は大変興味深い。これに対して現代アメリカでは女子教育への偏見が昔ほどなくなっている一方、主要な稼ぎ手として早く仕事につけというプレッシャーは女の子にはかからないので、親のほうも女の子は「すぐ働かなくてもいいから少し上の学校へ」と考えたりする傾向があるようだ。とくにアフリカ系アメリカ人の女性の場合、昔から女の子のほうが教育を受けようとする意欲が高く、これはあまりにもビジネスで不利であるため、教員とか資格のある仕事につくための大学教育を受けようとする女性が多かったかららしい。他の民族的マイノリティでも似たような傾向があるようだ。そういえば『グラン・トリノ』で、モン族のスーが「女の子は大学に行くが、男の子はギャング」とかなんとか言っていたが、ギャングになるっていうのも「早く稼ぎたい」っていうプレッシャーのせいなのかもしれないので、そういうのを考えるとこの章はかなり面白い。

 この本ではハナ・ロジンの本同様、他の国の事情も一章を割いてとりあげており、第11章では日本の婚活が大々的にとりあげられている
。'grass-eating men'(草食系男子)とか'meat-eating women'(肉食系女子)とかについての話を英語で読むのはなかなか不思議な感じだ。アメリカと違って日本の女性は自分より収入が低い男性と結婚したがらないが、これは日本の労働環境に起因するもので、男女ともにあまりにも労働時間が長くて仕事がきついので片方が仕事をやめなきゃ子どもが育てられないからだ、という話が出てきていてこのあたりは頷けるのだが(215)、全体的に婚活についての話はいくぶん分析が甘いような気もする。

 と、いうことで、面白いところもけっこうあるのだが、しかしながら全体的には女子労働の未来に対してあまりにも楽観的で、そんなに納得できるとは思えなかった。というか昔から「夫が働かないで妻のリソースで暮らしてる」家庭って思ったよりはあったような気がするので、現在女性が「大黒柱」になっている家庭は昔のそういう家庭と連続性はあるのかとか、ワーキングクラスで低賃金の女性に対する目配りが少なすぎではないかとか、読んでいて疑問が出てくるところも山ほどあった。

 ただ、ハナ・ロジンに続いてこういう本が出てくるっていうことは、アメリカの女性はこういう「女性のほうが強い!わああああ!!」っていうエンパワーメント言説を欲しているところがあるのかなぁという気がして、そのへんは本の内容の説得力とは関わりなく興味深いと思う。なんか二冊続けて読むと、アメリカの根強いポジティヴシンキング志向が垣間見られる。日本やUKでこういう本がバンバン出て女性が読むかっていうと、なんかそうならん気がするんだよね…