『ブリティッシュ・ロック−思想・魂・哲学』&『オルタナティブロックの社会学』

 林浩平『ブリティッシュ・ロック−思想・魂・哲学』(講談社、2013)と南田勝也『オルタナティブロックの社会学』(花伝社、2014)を読んだので、まとめて簡単な感想を。けっこう似たような主題を扱っているのだが、出来が違いすぎる…

 

オルタナティブロックの社会学
南田 勝也
花伝社
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 まず林浩平『ブリティッシュ・ロック−思想・魂・哲学』のほうだが、これはもともとタイトルを見た時から「なんだかイヤな予感がするぜ」と思っていたんだけど、想像したほどはひどくなかった…のだが、やっぱり全然面白くなかった。私の趣味がグラム・ロック以降で正直、ここで扱われているプログレにほとんど興味がないというのもあるだろうが、それでもイマイチ…

 まず、思想的分析を導入する時の書き方か不明瞭であまり納得力がない。いきなりドイツ哲学とかが入ってきて、最後は「〜ではないだろうか」「と、思えてならないのである」と言葉を濁して終わってしまうという箇所が多すぎる(110ページとか、この両方が登場)。「〜ではないだろうか」とか疑問文をなげておいて、それが明らかにされたものと見なして前に進んでいってしまうってレトリックとして非常に説得力を欠くと思うんだが…とくに著者が思想を導入する時の書き方って、別にロックじゃなくても劇的な音楽なら一般的に何でもあてはまるんじゃないのっていうところが多くていったい何がロックの特徴なのか全然、明確にされてないと思う。詩作とロックのつながりとかについて第二章はいろいろ書いてあるのだが、同じレトリックでオペラや民族音楽と詩作のつながりだって証明できそうなもんだ。いったいロックには他の音楽ジャンルと違うどういう思想的特徴があるのか、もっと明晰にまとめてほしい。


 二つめに、ブリティッシュ・ロックの形成に強い影響を与えているはずの政治的・社会的・経済的・歴史的要因にほとんど注意が払われていない。最近のブリティッシュ・ロックの分析だと、ミュージシャンの民族的・地域的バックグラウンド(アイルランド系か、とか、マンチェスター出身か、とか)、UK政府の政策や経済との関わり、歴史的に過去の音楽から受けた影響などと結びつけて分析するものが多いかと思うのだが、そういう広がりのある分析は全然、ない(最初にちょっとだけサッチャーの話が出てくるが、小話程度)。とくにこの本は民族やジェンダーには全然興味がないみたいで、女性ミュージシャンとかもほんのちょっとしか出てこなくてなかなかにマッチョな感じがする本だ。


 三つめに、単なる主観的な思い込みでロックを定義してるところが多すぎる。なんかこの人、ロックというのはあるひとつの決まったアティテュードであるという強固な思いがあるみたいで、そこから外れるものを非ロック化しようという気持ちが強いように思える。「アッラーの神への信仰が殉教者たることを怖れないイスラーム原理主義の若者たちを導くように、ロックへの『信』は、人格神のいない『宗教』とも言えるのではないか」(p.10)とか、「兵役義務には進んで従い、共和党ニクソン大統領と親しく、またヴェトナムの支持者であったプレスリーに真のロック・スピリットを認めることなど出来はしない」(p. 95)とかいう記述が頻出するのだが、なんというか私はこういう記述を見ると頭が痛くなるんだが…まあこれは私のこの著者のロック観の違いだと思うから別のいいのだが、私はロックというのは(まあ、私にとってはフェミニズムもだが)自由で多様で少しカオスであるからこそ発展したものであって、例えばハードロックとパンクロックとカントリーロックは同じ基準で分析したり定義したりできるものではない。こういうふうに、あたかも自分はロックの総体を理解しているというような態度でこのジャンルを「占有」しようとするような記述には私は非常に反感を感じる。

 一方、南田勝也『オルタナティブロックの社会学』は大変よい本である…のだが、ちょっとあまりにもわくわくしながら読んでしまって冷静に分析することができない。とにかく、先行研究にも個別の事例にも幅広く目配りしつつ、(私が上で言ったような)カオスで多様な営みとして生き延びているロックの90年代以降の変遷を明確に描き出している。「ロックは死んだ」という言葉の怪しさに最初の問題意識があり、それについては序文でいろいろ書かれていて結局はロックは死んだんじゃなく「ロックは転じた」のだという話になるのだが、この本におけるオルタナティブロック以降の音楽がロックを変容させつつ生きながらえさせている様子の描写を読んでいると、まるでホールのLive Through ThisとCelebrity Skinを続けて聞いているような気分になる。まあ、これを読んでいる私が最初にリアルタイムで聞いたロックがブリットポップです、というような世代だからなのだろうが、この本に出てくる変容しかつ拡散するダイナミックな存在としてのロック観は私には極めてしっくりくるところがある。

 ひとつ疑問点をあげておくと、第三章における「表現の美からスポーツの美へ」というテーマは、面白いけどちょっと疑問がある…というのも、この章ではスポーツと表現がどう違うのかについていろいろ分厚く記述してあってそれはそれで納得できるのだが、最近、私はロンドンオリンピックを体験して以来、スポーツと芸術って見世物という部分で根本的共通点があるんじゃないかと疑い始めているからで、このへんはもうちょっと自分の考えをまとめたい(まだ相当とっちらかってる。できれば来年このテーマでパネルやりたい)。

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