Sex & Violins〜『パガニーニ 愛と狂気のバイオリニスト』

 『パガニーニ 愛と狂気のバイオリニスト』を見てきた。パガニーニのスキャンダルまみれの後半生を描いた伝記モノだが、おそらく相当に脚色してある。意欲的な作品ではあると思うのだがそんなには面白くなかった…一言でいうと、Sex & Violinsって感じの映画。

 
 パガニーニ役のデイヴィッド・ギャレットはさらさらロングヘアーでどこに行っても女性ファンが失神する、まるでハードロックのスターみたいに描かれている。パガニーニを「19世紀のロックスター」として描くのは良いと思う。私は音楽史パガニーニもあまり詳しくはないのだが、このあたりは最近の研究の流行をかなり取り入れていると思う。このところ、ルネサンス〜19世紀くらいの音楽家や役者、人気作家なんかを現在の「セレブリティ」の原型として消費文化や市民社会における芸術の大衆化の文脈に位置づける、というような研究が山ほど出ており、その中でもパガニーニやリストはもともとグルーピーがつくレベルで人気があったミュージシャンであるので一般人としても「19世紀のセレブ」としてイメージしやすく、そのへんはいいんじゃないかという気がする。ただ、ちょっとパガニーニをセレブとして描く上で俗説によりかかりすぎて浅くなっている気がしたな…もうちょっと深みのある芸術家としてのパガニーニを描いたり、またまた映画の中で「新しい世界の首都」になりはじめていると言われていたロンドンの市民と音楽の社会的関わりを描いたりしてもいいんじゃないかという気がした。全体的に掘り下げが足りず、スキャンダラスなだけっていう感じがする。


 デイヴィッド・ギャレットは本職のヴァイオリニストだそうで、もともとモデルもやってたとかで容姿とか度胸は十分なんだろうがおそらくそんなに演技はできない…と思うんだけど、これはけっこうストーリーや編集でうまくごまかしていたと思う。基本、パガニーニはふだんは音楽以外はあんまり何も考えてなさそうで酒と女と薬と賭け事に溺れており、ふだんはマネージャーのウルバーニにいいようにされていてあまり雄弁にしゃべったりしないのでそこまでセリフの演技とかをする必要がない。一方で演奏シーンはさすがにヴァイオリニストらしくたいしたもので、さらに編集と美術で演奏場面をけれんたっぷりの豪華絢爛なものにしているので、これだけでけっこう見応えがある。とはいえ、私はどうしても『ロック・オヴ・エイジズ』のトム・クルーズと比べてしまったのでちょっと見劣りが…あれも実にひどい映画だったが、トム・クルーズがやっぱりふだんはひたすら酒と女に溺れていて、阿漕なマネージャーにいいようにされてるロックスターの役で出てきている(『パガニーニ』はかなりこの映画の影響を受けているんでは?)。トム・クルーズは押し黙って酒飲んでる場面だけでもなんか異様な存在感があり、さらにライヴの場面もむちゃくちゃセクシーだったので、どうもそれに比べるとギャレットはちょっと演技のスケールが小さいなぁ…と思ってしまった。

 パガニーニの楽曲の使い方については文句はないのだが、ウルバーニが不吉なことをするとやたらにシューベルトの『魔王』が流れる安易なモチーフはどうなのかね。あれ、けっこう安っぽくない?


 ちなみに私が一番気になったのは、コヴェント・ガーデンのロイヤルオペラで使用される舞台装置である。さすがにあんな照明の使い方は19世紀では無理では…という気がするが、あの爆発のほうはどうなのかな?火気を舞台で使用するっていうのは既に17世紀にはやってたはずだが、あんな爆発は危険だしどうなんだろう…と思う一方、19世紀初頭の舞台ってこんなようなとんでもない舞台装置が使用されていたりするので火気系でもとんでもない舞台装置があったのかもしれず、私もあまり詳しくないしよくわからない。このあたり詳しい方いたら是非コメント欄でご教授ください。




 ↓参考までに『ロック・オヴ・エイジズ』のトム・クルーズ