イケメンは顔が見えなくてもイケメンなのか。人生は不公平だ〜『フランク』

 今日からは渡欧の飛行機で見た映画についてのメモをアップする。

 帰りの飛行機で『フランク』を見たのだが、これは世界で最もセクシーなアイルランド男であるマイケル・ファスベンダー(いや、世界で最もセクシーなアイルランド男はたくさんいるんだが)がへんな被り物をずーっとかぶっていて素顔を見せないミュージシャン、フランクを演じる映画である。一応語り手はひょんなことから名前を発音できないフランクのバンドに加入することになったジョンなのだが、このバンドがいろいろな問題に直面して空中分解しかけたりする様子を描く、まあバンド映画といってもいい映画である…んだけれども、ちょっとなかなかストーリーが要約しにくい作品だし公開前なのであらすじはこの程度で。

 全体的には傷つきやすさとそれの救いとしての音楽の喜びとか、カリスマがある人間に平凡な人間が関わることの難しさとか、そもそもバンドやるのがいかに大変かとか、いろんなテーマをおもしろおかしく盛り込み、アイルランドアメリカなど撮影場所を変えて景色をキレイに撮りつつ、はぐれ者たちを優しい視点で描く作品でとても面白かった…のだが、落とし方についてはちょっと安易さもあるかも。SNSでバンドが有名になってしまうあたりを皮肉をこめて描いているあたりはかなり面白く、Twitterを使った演出という点では私が今まで見た中でもトップクラスにリアルなものに入る。

 ただ、この映画では何よりもほとんど顔を見せないのにとんでもないカリスマを漂わせているマイケル・ファスベンダーに相当な人生の理不尽を感じてしまったので、そのことについて書きたいと思う。ファスベンダーはずっと被り物をかぶっているのでいつもの美貌は最後の一場面まで一切見えないのだが(最後に、被り物をとったフランクのご両親が「本当は美男子なんですよ」みたいな台詞を言う)、顔が見えなくても声がかっこよくて何か尋常でないオーラがあり、テルミン奏者のクララ(マギー・ジレンホール)やジョンを初めとして皆フランクにイチコロである。とくにフランクがシャワーを浴びているところにジョンが入っていって、フランクのむき出しの肩とかが見えるところではイケメンオーラが五倍増しくらいになって見える。これを見ていると、顔が見えなくてもイケメンはイケメンなのか、声だけでイケメンと言いうるのか、果たしてイケメンとは何なのか、とかなりの絶望感を抱いてしまった。

 ということで、むしろこの作品は「いったい肉体的魅力とは何なのか」というテーマを追求している点では、スカーレット・ジョハンソンを声だけ美女にした『her』に似ているのかもしれないと思う。ただ違いはフランクにはサマンサと違って確固たる肉体があることで、この点ではより「声だけだからむしろ想像力で理想化しやすい」サマンサとは異なっていると思う。ファスベンダーは、肉体的存在感が意外と希薄なジョハンソンに比べるとかなり肉々しい男性だしなぁ…