ライヴと映像の比較〜ナショナル・シアター・ライヴ『ハムレット』

 ナショナル・シアター・ライヴの『ハムレット』を見てきた。

 私、ぼんやりしてて「チャールズ・スペンサーがボロクソにけなしてたほうの、私がチケットとれなかったハムレット」だと思って見に行ったんだが、行ってみてから既に生で見たやつだと気付いた。生で見た時はローリー・キニアのハムレットについて「頭髪後退ニート」とかひどいことを書いているが、よく考えるとその後ハムレット少しくらいハゲているほうが良いのではないかと思うようになったのであった。

 生で見た印象と映像で見た印象を比べると、やはり生で見た時のほうが面白かったように思う。映像のほうはほとんど引きで撮らずにキニアの知的なアクションに集中するみたいな撮り方だったのだが、そうするとイマイチ空間の広がりがなくなるのが難点。生で見たときは全体的にとても印象が暗く、とくに冒頭及び二度目の亡霊登場場面になんともいえない闇の垂れ込め感(broodingとでも言うべきか)があったのだが、映像にするとハムレットやホレーシオのアクションに視界が集中してしまうので、どこからどもなく亡霊が出現した恐怖感が少ない。とくにこの演出のハムレットやホレーシオはたいへん知的で、恐怖を感じてもそこまで取り乱したりはしないようなタイプとして描かれている思うので、この二人を通して亡霊を知覚するとそんなに恐ろしさを感じることができないと思った。あと、この上演に特有の監視社会や独裁というテーマはやはりライヴで見たほうが伝わると思う。というのも、生で芝居を見ている時の観客は全ての舞台を見渡せる位置にいるということで象徴的なパノプティコンに住んでいると思うのだが、映像で見る場合はカメラワークに視界が切り取られてしまうので「全知の観客」感が少なくなる。とくに今回はナショナルシアターでやった芝居で、前に映像配信でやった『コリオレイナス』みたいにもともと狭くて親密感がある箱でやったものではないので、広がりの少なさはけっこうな難点だ。


 ただ、演技の細かい点までよく見えるというのは映像の利点である。とくにキニアの演技はかなり繊細なので、生で見た時はよくわからなかったような細かい身ぶり手ぶりまで楽しむことができた。台詞回しもとても明瞭だ。私の好みからするとハムレットルネサンス人っぽくもうちょっとエネルギッシュなほうが好きなのだが、こういうのもたまにはいいと思う。むしろこういう目や口元の芝居がうまいスターは舞台よりテレビや映画向きなのではという気もする。

 字幕は前のナショナル・シアター・ライヴよりだいぶマシになっていたと思うが、それでも数カ所誤字があった。また、これだけ長尺の芝居にメイキングをつけるのはどうなの?3時間半くらいの上演の最初に予告とメイキングがついて4時間くらいかかるのだが、疲れるからメイキングはいらないのではないだろうか?