機知の下にひそむ問い〜「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」

 高円寺のグリーンアップル百瀬文「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」と「The Examination」を見てきた。前者は友人の木下知威さんが出演しており、なんと製作時に私が編集した『共感覚の地平』に入っている木下さんの「声を剥がす」を参照してくださったということなので、前々から見に行きたいと思っていたのだが、上映が都内にいない時だったり、別件と重なったりしてなかなか行けなかった。

 「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」は30分足らずの作品で、百瀬さんが木下さんにインタビューするという作品である。木下さんは耳がきこえないので、唇を読んで話している。最初は全くふつうのドキュメンタリーのように始まり、耳が悪い方も楽しめるよう字幕がついている…と思いきや、だんだん百瀬さんの話している言語が崩壊し、字幕と齟齬をきたしはじめ、最後は百瀬さんの声がなくなるという、いろいろととんでもないひねりがある。こういう展開になるとは思っていなかったので意外性があった。コミュニケーションとは一体なんなんだろうとか、演技とは何かとか、見た目(聞いた目というべきか)の面白さの下層にいろんなものがかいま見える、エピグラム的な楽しさがある作品だったと思う。言っていることと表現されている内容が違うというところに着目している点ではハロルド・ピンターとかベケットとかにも近いかもしれない気がするのだが、ずっととっつきやすい。我々がいかにふだん人の話をきいてないか、見た目だけでわかったような気になっているかを考えさせられてしまう作品だった。

 「The Examination」は7分くらいの小品で、眼科検診を題材にしたものである。眼科医と検診を受ける患者が視力バトルを繰り広げるというものだ。視力が1.75と判定されて映画が終わる(←よくわからない説明だけど、こういう話です!)。

 他にもいろいろ上映があったのだがちょっと昼に別の用事があったので二本しか見られなかったんだけれども、この二本は両方とも非常に機知に富んでいて良かったと思う。手前味噌ではあるが、「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」については『共感覚の地平』を参照してくださったということで、わずかではあれ我々が日々やっている地味な研究がこういう作品を下で支えているのかもと思えて、学徒として報われる気がした。