細かい時事ネタとテキトーさがいりまじる料理ファンタジー〜『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(ネタバレあり)

 『マダム・マロリーと魔法のスパイス』を見てきた。

 主人公はマダム・マロリー(ヘレン・ミレン)ではなく、インドからヨーロッパへ移民してきた若きシェフ、ハッサン(マニッシュ・ダヤル)。寡夫となったパパ(オム・プリ)の思いつきでフランスの田舎町サン・アントナンにインド料理店「メゾン・ムンバイ」を開くことになる。ところが向かいにはミシュランの星をひとつ持っている有名フレンチレストラン「ル・ソール・プリョルール」があり、そこの鬼経営者であるマダム・マロリーとパパの間で大人げない張り合いが発生。それをよそにハッサンはマダムの部下である料理人マルグリットと恋を育み、フランス料理の技法を覚えて腕を上げ始めるが、なんと「メゾン・ムンバイ」がヘイトクライムのため放火にあう。失意のハッサンはマダムのもとでフランス料理の修業をして再起をはかり、「ル・ソール・プリョルール」に二つめの星をもたらす。たちまち頭角をあらわしたハッサンはパリの店に呼ばれるが、やがて第二の故郷が恋しくなり、田舎に戻って新たに料理に励むことを決める…というもの。

 全体的にはほのぼのした雰囲気の大人向けファンタジーで、同じ監督が2000年に作った『ショコラ』にそっくりである。フランスの保守的な田舎町に革新的な料理ができる流れ者たちがやってきて住み着いてしまい、地元の意識を変える…という基本的な話もそっくりだ。メインキャストに実力ある女優を据えていろいろな演技が堪能できるようにしているというのも似ている。どうやらラッセ・ハルストレムはフランスの保守的な田舎町と美味しい料理にすごく興味があるらしい。『ショコラ』同様食べ物の撮り方にはかなり気を遣っており、サン・アントナンでハッサンたちが作る料理は皆素朴で美味しそうに撮られている一方、パリで出てくる料理はピッカピカでちょっと料理らしくない感じが強調されている。

 しかしながらディズニーの映画らしく、細かいところがけっこうテキトーというか、穏健にごまかしてある。英語とフランス語が時々は理屈をつけて使い分けられているのに「ル・ソール・プリョルール」の厨房ではなぜか使い分けが崩壊しているとか(マダムが「マルセイエーズ」の歌詞を英語で言わせるところとかはコメディかと思った…)、マダムは自分の店のスタッフがヘイトクライムに関わったとわかったんなら通報しろよとか、ハッサンの弟妹はちゃんと学校行ってるのかとか、就労ビザはどうしたんだとか、いろいろツッコミどころがある。一番気になったのは「ル・ソール・プリョルール」ではどういう仕組みで料理が行われているのかよくわからなかったことである。メニューの管理はマダムがやってるみたいなんだが、普通ミシュランの星を持ってるような店ってメニューや仕入れの責任を引き受ける看板料理長(シェフ・ド・キュイジーヌ)がいて、厨房ではパティシエなど分業する専門料理人がいるものではないの?ああいう料理の仕方はフランスでは普通にあるんだろうか?

 ふつう、この手の穏やかな大人向けファンタジーだとこういうことが気にならないのだが、おそらくはハルストレムの作家性のせいで妙にリアルなディテールの書き込みがあるので、このあたりのいい加減さが目立つのだろうと思う。例えば最初、インドからカダム一家がヨーロッパに入ってくるところで、一家の長女であるマヒラが入国管理の人に「見合い結婚させられるのでは?」のきかれるが、これは最近ヨーロッパで大変問題になっている、南アジア系の若者の強制結婚をネタにしている。既にヨーロッパに住んでいる移民の家族が嘘をついて子ども(娘の場合が多いが、場合によっては息子も)を故郷の国に連れ帰り、無理矢理現地の知人などと結婚させる事例の他、移民した親族を訪ねるなどの口実で子どもをつれてヨーロッパに入り、ついた先で現地に定住している移民と無理矢理結婚をさせるなどの事例もあるらしく、親の監護権を乱用した犯罪として非常に問題になっているので、こういう質問はタイムリーだ。さらにヘイトクライムでカダム家のレストランに火がつけられるあたりもディズニーが配給している映画にしてはなかなかシリアスではある。まあ、ヘイトクライムの対応はうやむやなのでちょっとどうかと思ったが…あと、パリでハッサンが働くレストランはスペインの「エル・ブリ」のパロディだと思うのだが、たしか「エル・ブリ」はシェフのフェラン・アドリアのほうの事情でもう営業してなかったと思うので、「分子ガストロノミーのせいで創造性を吸い取られたシェフが伝統料理に回帰」っていうオチのつけ方もかなり現実とリンクしているのかも。そう考えるとたくさん時事ネタを盛り込んだ映画なので、余計いい加減さが目につくのかもしれない。