ギークのアイコン、リチャード・アイオアディ〜『嗤う分身』

 リチャード・アイオアディ監督の新作『嗤う分身』を見た。

 主人公はうだつのあがらない影の薄い会社員サイモン・ジェームズ(ジェシー・アイゼンバーグ)。同じ会社につとめている憧れの女性ハナ(ミア・ワシコウスカ)に片思いをして常に見張っているが、全く思いは届いていない。ところがある日、同じ顔をした同名のサイモン・ジェームズが会社に転勤してきて、自信たっぷりな態度で職場の上司から信頼を得、女性からも大人気、やがてはもとからいたサイモン・ジェームズの業績を横取りしはじめる。存在を消されそうになった先輩サイモン・ジェームズの運命やいかに…

 原作はドストエフスキーの『分身』らしいのだが未読である。オチの付け方とかはちょっと疑問もあるところがあるが、90分ちょっとで最後までたるみがなく、楽しめる作品だと思った。とはいえ、脚本よりは美術と演技が見所の作品かとは思う。

 全体的にとにかく美術に凝っており、ブレッチリー・パークにある国立計算機博物館(ヴィンテージもののコンピュータが山ほどある。見に行った時のブログはこちら)の協力を得たらしいレトロなコンピュータのデザインは見ているだけでかなり面白い(クレジットにお礼が!)。見た目のデザインはオーソン・ウェルズの『審判』(1962)にちょっと近いような気がするのだが、この頃のデザインを今やると当然レトロになるわけで、効率化を重視しているわりには異常に効率が悪そうな集中管理システムといい、人間の個性を無視した管理社会っぽさといい、ワンマンなボスへの崇拝といい、一昔前のロシア・東欧っぽい雰囲気が非常にある(原作がロシア文学だし)。一方でやたらに監視があるあたりはCATVばかりの最近のUKの情勢をもちくりと諷刺しているんだろう。

 監督のアイオアディはもともとテレビコメディ『ハイっ、こちらIT課!』でスターになった喜劇役者で、その時もワンマンな経営者がいてどうも効率がいいとは思えないような運営をしている会社のIT課が舞台だったのだが、この映画を見ているとたぶんあのシリーズを撮った経験がこの映画にも反映されているのだろうなと思う。『ハイっ、こちらIT課!』のあとに『嗤う分身』ということで、まあアイオアディはギークのアイコンなんだろうなと思う。この番組で相棒だった今をときめくクリス・オダウドも看護師の役でちょっとだけ『嗤う分身』にカメオ出演している。

 主演のジェシー・アイゼンバーグは非常に良く、のびのび楽しそうに芝居してる感じがした。『ソーシャル・ネットワーク』の時は監督のコントロールが厳しすぎてあまり芝居させてもらえてないんじゃないかという気がしたのだが、『嗤う分身』では家にこもりがちな影の薄い男と図々しい男をうまく演じ分けており、見ていて「あれどっちがどっちだっけ?」とか全然混乱しない。とくに暗いほうのサイモン・ジェームズがだんだん精神的にヤバくなっていく様子は実に生き生きと死にそうな(?!)感じを出しており、本人もやり甲斐のある役だったのではないかという感じがする。

 しかしながら、以前の『サブマリン』の時も思ったが、アイオアディのヒロインってちょっと偏っていると思う。ハナ役のミア・ワシコウスカがとてもよくはまっているのであまり気付かないが、ふつう自分のことを監視してた男に対してはもっと冷たくするだろう。『サブマリン』のジョーダナもちょっと「都合のいい不思議ちゃん」感があったので、そこはイマイチだと思った。

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