アイルランド人にも軍人にも見えないよ〜紀伊國屋サザンシアター『ヒトジチ』

新宿の紀伊國屋サザンシアターで、ブレンダン・ビーアンの『ヒトジチ』を見てきた。1950年代末に初演された有名な芝居なのだが、正直演出が全然ダメだったと思う。

 舞台はダブリン。若いIRAメンバーが北側のベルファストで処刑されるというニュースが流れる。IRAは報復のため若いイングランド人の兵士を拉致して、元反英主義者のモンソワーが住む売春宿に監禁し、人質とする。兵士レズリーと家の住人テレサの間に恋が芽生えるが、売春宿はアイルランド警察の手入れにあい、手入れの最中にレズリーは撃たれて死んでしまう。最後に死体が起き上がって歌を歌い、終わり。

 戯曲自体はとても力がある作品のはずなのだし、またこの時期にこういう政治的な作品を上演するのはきわめて野心的ではあると思うのだが、演技も演出もかなり問題あったと思う。まあ、予算とか箱の特質があるので比べるのに問題があるかもしれないが、この間見たアイルランドものである『海をゆく者』では吉田鋼太郎がよろよろ出てきてしゃべった瞬間、ちゃんとダブリン郊外に住んでるおっさんに見えたのに、この作品では出てくる人たちが全然ダブリンの貧しい庶民に見えない。ビーアンの作品は非常に雑多な人たちが出てくるので、雑多さを保ちながらローカル色ある生活感を出すのが難しいのかもしれないが、アイルランドの政治と歴史を主題にした芝居でこんなにローカル感がないのは問題なんじゃないかと思う。さらに問題なのはレズリーもIRAも全然軍人に見えないことである。日本の舞台に出てくる軍人ってUKの舞台に出てくる軍人に比べると圧倒的に軍人に見えないことが多いとは思うのだが、いくらなんでもこれは軍人に見えなすぎだろと思った。とくに若い二人の演技にはかなり問題があると思った…レズリー役は全く軍人に見えないチャラ男だし、テレサ役は何にも考えてない若くてバカな娘みたいに見え、到底アイルランドのワーキングクラスの女の子には見えないと思った。モンソワーとかはけっこう良かったと思うのだが、その分若い役者とベテランが並ぶとすごく演技が見劣りする。

 演出のほうはかなりブレヒト的異化効果を意識してるみたいなのだが、「お客を意識してる/意識してない」の切り分けがイマイチはっきりしなくてパッとしなかったと思う。おそらくレズリーがチャラ男なのもテレサが何も考えてないみたいに見えるのも異化を意識してのことなのかもしれないが、そうだとしたら全然ちゃんと機能してないと思う。お客がいることを意識してやるなら、少なくとも身ぶりの方向とかはもうちょっときちんと揃えてやったりしないと…

 と、いうことで、今まさに上演されるべき戯曲であるのにすごく残念だった、という感じである。そんなに日本でよく上演される演目ではないと思うので、見に行く価値はあるかもしれないが…