テンポがよいが、基本的にはまっとうなチェーホフ〜ケラリーノ・サンドロヴィッチ『三人姉妹』

 ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出『三人姉妹』を文化村で見てきた。チェーホフ『三人姉妹』は上演されるたびに必ず見に行くようにしていて、それで見に行くたびに非常に不愉快になるのだが、それでも見に行く。今回のプロダクションは、モダナイズや翻案的な部分などはそれほどなく(台詞はかなりわかりやすいように言葉を選んでる気がしたが)、衣装もセットも19世紀末のロシアふうになっている。

 『三人姉妹』は、とりあえず私が今まで見た中では最も残虐な戯曲と言っていいだろうと思うのだが、この演出ではそこまで残虐・斬新というわけではなく、どちからというと台詞を丁寧に追いながらできるだけわかりやすく、かつ丁寧に人生の不条理さみたいなものを浮かび上がらせていくよううになっていた(火事の場面で窓に赤い火が映るところは、あそこまでわかりやすくしなくてもいいんじゃないかな…とは思ったのだが。)。私が今まで見た『三人姉妹』の中ではヤングヴィックで見たモダナイズ版が一番衝撃的だったのだが、あれに比べるとかなりおとなしめだ。とはいえ、笑いのツボがきちんとおさえられているところや、長い芝居ではあるが間を大事にしつつもできるかぎりテンポよくまとめているところは面白かった。

 お芝居のほうから言うと、とりあえずマーシャ役の宮沢りえがえらいキレイで(実は宮沢りえを舞台で初めて見た)、全体的に停滞した状況を描く芝居の中で一人、ヘテロセクシャルな情熱をほとばしらせてイラついた美女ぶりを全開にしており、ヴェルシーニン(堤真一)が去って行ったあとの崩壊ぶりは胸に迫るものがあった。堤真一も『ロンサム・ウェスト』とはうってかわって、ヴェルシーニンをいい男ふうに作っている(失礼かもしれんがなんか「いつもの堤真一じゃない!」と思ってしまった)。このプロダクションは、マーシャとヴェルシーニンの不倫についてはあまり突き放した描き方をせず、わりと同情的に描くことで終わりの悲惨さを強調していると思った。

 マーシャとヴェルシーニンがかなり同情的に描かれている一方で、軍医先生(段田安則)は私が見たプロダクションの中では一番タチが悪い感じに作られているように思った。なんてったって人生をどこかで誤ってしまった酒乱の気まぐれオッサンにしか見えない場面がけっこうあり、最後にイリーナに「ここに戻って一緒に余生を送りたい」というところから「戻ってくるかもしれないし来ないかもしれない」と言うところまではほんと「おじいちゃんどうしちゃったの…」という感じである。蒼井優のイリーナが実に可愛らしく、かつ仕事に疲れた現代女性ふうなリアルさを持って作られているので、余計若い娘にちょっかいを出す酒乱オッサンとの対比が強調されてしまったのかもしれない。この対比はかなり容赦ないものだと言える。

 しかし、私、『三人姉妹』を見るたびにオリガもイリーナも実はレズビアンなんじゃないかと思ってしまうんだが、今回もなんかイリーナはレズビアンなんじゃないかと思った。このプロダクションではオリガ(余貴美子)がクルイギンに「マーシャじゃなければあなたと結婚していた」と言われて露骨にものすごくイヤそうに拒絶する演出があり、どちからというとオリガはアセクシャルな感じなのだが、一方でイリーナは「少女の頃から恋に憧れていたのに、一度も男性にときめいたことがない」とか言っていて、婚約していた男爵が死んでも「明日、一人で出発します」と前向きだし、さらに蒼井優が可愛いので(これは蛇足か)、やっぱりイリーナは「恋はしたいけど男性は恋愛対象じゃない」フェムな感じのレズビアンなんじゃないかな…と思ってしまった。