観客不在の美術館〜『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』

 フレデリック・ワイズマン監督『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』を見た。三時間くらいある観察ドキュメンタリーである。なんかこれ、宣伝サイトがかなりいい加減で、「英国の<小さな美術館>」とか書かれているがルーヴルとかヨーロッパの他の美術館に比べて小さいだけで展示施設としてはかなり見て回るのに時間かかるほうだし、「すべてが無料」とか書かれているが特設展示は有料である。

 で、文化的には大変価値のある映画だとは思う…のだが、私は全く面白くなくて正直つらかった。というのも、冒頭のところで「美術館がお客さん視点の企画をやってないこと」についての会議が映されるのだが、この映画自体もお客さんの視点がほとんどないのである。まず、ほとんど説明もなしにただ観察しているっていうところで映画のお客さんに対して不親切、というところもあるのだが、これはそういう作風もあっていいとは思う。しかしながらこの映画では、美術館に来るお客さんのことがいささか軽んじられているように思うのである。ギャラリートークの場面などをかなりじっくり撮っているのだが、こういう「美術館側から観客に働きかける」方向の力についてはたくさん撮影されてるんだけど、「お客さんから美術館へのフィードバック」みたいな視点が非常に少なく(皆無ってわけではないと思うのだが)、お客さんはレオナルド・ダ・ヴィンチの特設展チケットに列を作る一般人(映っていないとはいえ、あの中に自分もいたわけだが…)、みたいな感じで、美術館に群がり教育されるものとして無言化されている。『みんなのアムステルダム美術館へ』なんかは美術館と市民が対等にやりあう双方向的な権力の行き来が面白くていかにも「市民と芸術」についての映画っていう感じがしたが、『ナショナル・ギャラリー』はほんと美術館を「観察」するだけで、市民と美術の関係、みたいなことには関心がないらしい。とくに私が見ていて面白くないと思ったのは、年配の男性が若い女性とかに美術について解説する場面がやたら多かったとこで、こういうところに美術館における権威主義みたいなものを感じてしまって全然楽しめなかった。

 ただ、面白いところもあり、ワトーの音楽についての知識を調べるため、絵に描かれた楽譜を拡大コピーして音楽家に見てもらったり、描かれた演奏家の指のポジションを検証して…というくだりなんかはとても良かった。