高校演劇映画というジャンル〜『幕が上がる』

『幕が上がる』を見てきた。

 これ、高校演劇がテーマで平田オリザが原作、さらに『桐島、部活やめるってよ』と同じ脚本家ということで舞台クラスタとしては超気になる作品だったのだが、監督が本広克行で予告がこのテンションということで大変不安だった…のだが、見てみたらかなり面白かった。

 お話自体は静岡の田舎の高校の弱小演劇部が、学生演劇で夢破れた若い女性教員のてこ入れでどんどんレベルアップ…というスポ根ものである。基本的な展開はほとんどスポーツ映画みたいな感じで、ヒロインが部長というあたり『チアーズ!』みたいだったりするのだが、私が嫌いな「最後に負ける女子スポーツ映画」ではないところが良い。

 とりあえずこの映画のポイントは、平田オリザが関わっているだけあってとにかく劇中劇がちゃんと演劇らしく見えるというところである。映画に出てくる舞台芸術って「こんなん全く舞台芸術に見えねーよ」みたいなひどいレベルのものも多いので(今まで見た中で一番ひどかったのは『ブラック・スワン』)、きちんと舞台を舞台らしく撮っているというだけで舞台クラスタ的にはこの映画は高評価だ。後半の『銀河鉄道の夜』よりもむしろ前半の肖像画の舞台がちゃんとドキュメンタリー演劇っぽく見えるのがポイントで、あれでずいぶん映画全体の信頼度というかリアルさが向上したと思う。またまた練習場所がちゃんと確保できないとか、あれは高校演劇から大人の小劇場までずーっとつきまとう問題だと思うので、そのあたりもディテールが細かくて良い。さらに私がすごくリアルだ!と思ったのは、生徒が頑張る姿を見ているうちに演劇に戻りたいという気持ちが高まってしまった吉岡先生(黒木華)である。この吉岡先生の話が単なる美談ではなく、「芸術に仕える者は情熱ゆえに他人をみな裏切ることがある」という芸術家の業をきちんと描き出していて、そこにかなり心を打たれた。


 青春映画としてもとてもきちんと作られており、とくに恋愛を全く絡ませないできちんとした女性中心の学園ものを作っているところが良かった。私は高校の頃は演劇部ではなかったのだが(実作は絶対にやりたくない)、高校で何か芸術とか学問にハマってしまうと恋愛どころではなくなってしまうことも多いと思うので、そのあたりかえってリアルだと思った(この年頃の女の子は恋愛のことばっかり考えてるわけじゃない)。私が以前見たアイドル演劇ってもう学芸会レベルのものでうんざりしたのだが、この映画に出てくるももクロのメンバーたちはかなりちゃんと演技をしており、芸術を作る時の喜びや、女友達同士の友情の変化を表情豊かに表現していて、引き込まれるところがある。

 しかしながら、全体的に期待以上の出来で面白かった分、いくつかの詰めの甘い点が目につくと思った。まず細かいほうからいくと、高橋部長が中西さんと図書館ですれ違う場面、あんな戯曲の分類(シェイクスピアチェーホフ→なぜかまたシェイクスピア)をしてる図書館はめったに無いし、さらにあったとしても前のカットで映る日本十進分類法の棚番号と矛盾してると思う。普通、図書館では「戯曲」は戯曲だけでまとめられておらず、言語ごとにまとめてあることが多いので、シェイクスピア(英文学)とチェーホフ(ロシア文学)が一緒に並んでいることはないし、さらにその後シェイクスピアがまた来ているのもちょっとよくわからない。一歩譲ってこの図書館は戯曲や詩をまとめて配架するシステムだとしても、前のカットで棚に日本十進分類法の番号が書いてあって「英米文学」とかいう分け方になっていたので、棚のカットと後のカットに齟齬がある。あと、吉岡先生が「若手の演出家」と組むと言ったのに、最後に出てくるのがSPACの宮城聰なのはちょっとがっかりする。静岡の高校が舞台で、最後に静岡のSPAC(とても質の高い上演をやってるところだ)が出てくるというのは落とし方としてはいいのだが、宮城聰はどう見ても若手ではあるまい。あと、一番問題だと思ったのはボイスオーバーの使い方である。これは好みの問題かもしれないが、この映画では高橋部長の考えたことをボイスオーバーで表現するところがとくに前半けっこうたくさんあり、これが思ったほど効果をあげていない。舞台なら傍白で処理するべき箇所をボイスオーバーにしているのだろうが、これは技術としては諸刃の剣で、この映画に関しては役者の表情を殺してると思う。ももクロのメンバーの演技はそんなに悪くなく、とくに高橋部長役の百田夏菜子はかなり表情を使った演技をしているので(たまに「演劇っぽい演技」と「映画っぽい演技」の混線もあるような気はしたがそこまで問題はないかと思う)、表情だけでわかるところにボイスオーバー入れるとかえってうるさくなる(「高橋部長が吉岡先生に同意している」とかは十分、表情だけで表現できたはずだ)。これは過剰な演出をしがちな監督の悪い癖が出たのかもしれない。

 それで、とりあえず高校演劇をテーマにした映画というのはけっこうたくさんあるので、その中でこの作品はどうなのかなということをちょっと書いて終わりにしようかなと思う。日本の高校演劇映画としては1990年版の『櫻の園』が名作として名高く、これは大変面白い。しかしながら基本的にこの映画はバックステージもので、舞台の場面は思ったほど多くないので、全体的な面白さは『櫻の園』のほうが上かもしれないがとにかく若者による舞台芸術をリアルに撮っているという点では『幕が上がる』のほうに軍配があがるかもと思う。アメリカの高校演劇ものとしては、パッと思い浮かぶのとしては『ハイスクール・ミュージカル』(これはテレビ映画だけど)、『恋人にしてはいけない男の愛し方』(『夏の夜の夢』を高校で上演するバックステージもの)、『ロック・ミー・ハムレット!』(スティーヴ・クーガン演じる夢破れた高校の演劇教師が『ハムレット』のトンチキな続編を上演する)、『天才マックスの世界』(マックスが演劇部でいろんなギミックを使った芝居をやる)などがあると思うのだが、どれも基本的にユーモアが特徴で、あと「県大会を勝ち抜く」とかよりも個人技重視でその個人技が外の世界のオーディションとかにつながっていたり、あと演技や演出以外の要素、つまり舞台装置や照明・音響・特殊効果などにわりと焦点があたっていたりするところがあると思う。この点、『幕が上がる』は勝ち抜きの要素がある点でアメリカの高校演劇映画よりはむしろさっき言った『チアーズ!』みたいにアメリカの高校スポーツ映画に近いかなっていう気がする(あと『glee/グリー』か)。