「死んでしまいたい」で終わる喜劇〜インターナショナル・シアター・カンパニー・ロンドン『ヴェニスの商人』

 明星大学シェイクスピアホールで、毎年恒例インターナショナル・シアター・カンパニー・ロンドンによる『ヴェニスの商人』を見てきた。インターナショナル・シアター・カンパニー・ロンドンはADG EuropeとTNT theatreがツアーするときに使っている名前だそうで、毎年日本に来ており、少人数でたくさんダブリングをやりながら上演する手法が特徴だ。学生を引率して行ったのだが、明星大学シェイクスピアホールはRSCの劇場やロンドングローブ座みたいな作りのかなり本格的な劇場で、シェイクスピアを見る場所としては実にふさわしい環境だった。

 相変わらず最小限のセットと人数(たった6名)で『ヴェニスの商人』を回すというもので、やはりキャストの少なさにはちょっと無理がある。とくに女役が2人しかいなくてジェシカをほとんど出せないのが問題で、ポーシャとネリッサがジェシカに留守を預けて出て行く途中の場面がないため、最後にジェシカとロレンゾーがポーシャの屋敷にいるという設定がかなりわかりづらくなっている。ジェシカは小さな役だが、ユダヤ教徒からキリスト教徒に改宗し、他の文化を持つ男と結婚するという、この作品の文化闘争の台風の目となるような役どころであるので、ジェシカの存在感をあまり活用できないのは全体の構成から言ってキツい。また、アントニオの裁判の場面でグラシアーノが出ていないのもちょっと流れが悪いかもしれない。

 とはいえ演出にはかなり工夫がある。とくに気が利いていると思ったのはポーシャの屋敷の演出である。ポーシャの屋敷には窓のあるついたてがあり、ポーシャが各地からの求婚者について批判をするところではその求婚者として俳優がついたての窓から顔をのぞかせ、特徴をデフォルメして演じてみせる。箱選びの場面では、選んだ箱の中からではなく、この窓からガイコツやら赤鼻の道化やらが顔をのぞかせるという演出になっており、視覚的にわかりやすいし笑える。ちなみに求婚者の箱選び場面は演出によって全然違うのでいつも楽しみなのだが、このプロダクションのモロッコは顔のほとんどをヒゲにしてブラックフェイスなどは回避している一方、アラゴンは牛を連れてきてポーシャを怯えさせる闘牛士で、むしろアラゴンのほうがスペインをバカにしてるんじゃないかという感じだった。なお、ポーシャが求婚者をバカにするあたりの演出が実際に求婚者のアホぶりを見せて批判をかぶせるというふうになっており、あととくにモロッコの顔色について悪口を言うところはカットされていたと思うので、このプロダクションのポーシャには他の演出でよくある鼻持ちならない感じがあまりなかった。

 一番工夫をしているのは最後の場面で、ここはテキストを変えてある。二組の恋人たちが舞台奥に退いていく一方、舞台の左にシャイロック、右にアントニオが出てきて、シャイロックは今まで自分が語ったユダヤ人の尊厳に関する台詞や自分に投げつけられた罵言などを反芻するように語った後倒れてしまい、愛するバッサーニオがいなくなったアントニオは冒頭の「とにかく憂鬱だ」という台詞を言って幕切れとなる。シャイロックの演技は明らかに死を暗示しており、改宗を強要されたシャイロックが生き延びなかったことを示しているし、アントニオが憂鬱なのは、バッサーニオのためにシャイロックに殺されるという愛の成就もできず、不安定な商船投資に頼りつつ独身者として生きていかねばならないからだろう。アントニオやシャイロックの苦痛で終わる『ヴェニスの商人』はそんなに珍しいわけではないのだが、こういうはっきり台詞をつけた終わり方もいいと思った。