最初から最後まで可愛くキラキラのケルト神話アニメ〜『Song of the Sea〜海の歌』(ネタバレあり)

 国立近代美術館フィルムセンターでトム・ムーア監督のアニメ映画『Song of the Sea〜海の歌』を見てきた。ムーアは『ブレンダンとケルズの秘密』を撮ったアイルランドアニメの新鋭なのだが、日本で商業公開された作品がまだないらしい(私も前作は見ることができなかった)。

 お話はケルト神話異類婚姻譚を題材にしている。ベンとシアーシャの兄妹は父のコナー、イヌのクーと一緒に灯台(おそらくスライゴー方面?)に住んでおり、母のブロナーはシアーシャを生んだ時に亡くなったというようなことになっていた(これは後で違っていたことが明かされる)。ベンは口がきけないがけっこうないたずらっ子であるシアーシャの面倒を見なければならないことにイライラしており、兄妹の仲はちょっとぎくしゃくしている。シアーシャは無言のまま6歳の誕生日を迎えるが、その日に灯台にあったふしぎなコートを着て海にもぐり、アザラシとして海中で遊ぶ。海辺に打ち上げられたシアーシャを見たコナーと、誕生日で灯台を訪問していた兄妹の祖母(コナーの母)はこんなところでいたずらっ子を育てられないと思い、兄妹を無理矢理ダブリンに連れて行くことにするが、ダブリンでは妖精たちが実はセルキーの末裔であるシアーシャを狙っていた。シアーシャ救出のため、ベンは妖精の世界で様々な冒険をする。

 おとぎ話を現代を舞台にして再話しているということで、最初はいいのだが後半はいかにもおとぎ話っぽい強引な展開があり、そのあたり完全におとぎ話をきちんと消化している『シンデレラ』などに比べるとややストーリーテリングが荒削りだ。例えば、なんで歌うセルキーはブロナーじゃなくシアーシャじゃないといけないのかとか、そのあたりの説明がかなりすっ飛ばされていてちょっと理屈にあわないところがある。

 しかしながら全体にとにかく可愛らしくキラッキラの絵がちりばめられており、愛くるしく個性もある子どもたちや動物たちが動き回るところを見るだけで実に楽しい気分になることができるので、プロットの問題点はそこまで気にならない。アザラシやシアーシャのクリっとした目の表情や、オールドイングリッシュシープドックである大型犬クーのもふもふした動き、幻想的な海や聖なる泉の描写など、見ているだけで眼福である。これでもかこれでもかと可愛くしているわりには鼻につくところもなく、アートな感じはちょっと『かぐや姫の物語』を思わせるところもあるのだが、あれよりだいぶわかりやすい絵柄になっている。

 語り口もユーモラスで独特の魅力があり、日本むかしばなしをモダナイズしたみたいな親しみやすい雰囲気がある。ありとあらゆる物語を髪の毛にため込んでいるのに異常に忘れっぽい歴史家妖精シャナキー(歴史家で妖精っていうだけで興味津々だよね!)や、嫌な気分を瓶に閉じ込めて抑圧しまくったあげくかえって自分と他の妖精の生活をめちゃくちゃにしてしまったフクロウの魔女マッカ(この魔女はジブリアニメに出てきそうな感じの老女だ)の描写には、本筋であるベンが母ブロナーの思い出を取り戻すという筋ともあいまって、記憶の重要性を浮き彫りにするような働きがあると思った。全体になんとなくタッチがノスタルジックだったり、最後にベンたちが灯台で冒険を絵として残す場面があったりするのも、過去の思い出というモチーフがあるからなのかもしれない。

 と、いうことで、欠点はあれ大変オススメの作品なので、一般公開されないのはもったいない。是非どっかのミニシアターかなんかでやってほしい。

 なお、この映画はベクデル・テストはパスしないと思う。というのも、主要な女性キャラクターであるシアーシャがしゃべれないという設定だからである。