共感覚の本、という以前に波瀾万丈すぎる〜ジェイソン・パジェット、モリーン・シーバーグ『31歳で天才になった男 サヴァンと共感覚の謎に迫る実話』

 ジェイソン・パジェット、モリーン・シーバーグ『31歳で天才になった男 サヴァン共感覚の謎に迫る実話』服部由美訳(講談社、2014)を読んだ。ライターのモリーン・シーバ−グは『共感覚という神秘的な世界-言葉に色を見る人、音楽に虹を見る人』の著者である。

31歳で天才になった男 サヴァンと共感覚の謎に迫る実話
ジェイソン・パジェット モリーン・シーバー
講談社
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 共感覚についての記述が目当てだったのだが、それ以前にこのジェイソンの人生がもともと波瀾万丈すぎる(そういうものを期待してないからつまらないという人もいるだろうが)。ジェイソンは強盗に襲撃されたケガをきっかけに数学のサヴァンかつ共感覚者となるのだが、私は数学にそれほど興味がないこともあり、泥沼人生のほうが断然興味深く読んだ。

 ジェイソンは強盗に襲撃される前は相当なダメ男だったようで、飲んだくれてパーティ三昧のような生活をしていたらしい。ただし仕事はしており、プラネット・フートンという家具(布団!)を売る店をやってたらしい。そんなジェイソンは2002年にバーで強盗にあって脳損傷レベルの重症を負った。ところがジェイソンが住んでいるタコマは警察が腐敗しまくっており、どうやら犯人がバーのスタッフと共謀していたらしいのに警察がまともに捜査をしてくれなくて、バーの前でピケを張ったり犯人の家を見張るなどしてほぼ独力で強盗をつかまえたりしたらしい。さらに自分が強盗にあった日に継父が亡くなるわ、失踪した兄貴が森で変死体で発見されるわ(未解決らしい)、とんでもない不幸が次々と起こる。このへんはわりと淡々として盛り上げるつもりはあまりないらしいのだが、まあとにかく大変な人生だ。その後突然才能が開花したジェイソンは地元のコミュニティカレッジに通うようになり、いろいろな知識を身につける(このあたりがアメリカ的でリアルだ)。そこでジェイソンはロシアからの留学生エレナと恋に落ちる。ジェイソンはロシアに帰国してしまったエレナに会いに行くのだが、そこでどうやら怪しい手段で金儲けをしているらしいウラジーミルという男に助けてもらったり、またいろいろな冒険をする。ひどい身体的・精神的トラウマから少しずつ回復していったジェイソンは才能を少しずつ磨き、いろいろな専門家と出会うことで開花させていく。学者や同じような共感覚者と会うくだりは、実を言うと私の経験とも似たところがあったり(私は才能がないのでこんなに派手じゃないが、ネットワーキングはやっぱりやってた)、他の共感覚本で読んだものとも近かったりするので、新鮮ではないが親しみを感じた。

 全体としては、アメリカの地方で飲んだくれていたダメ男が病をきっかけに自分の才能を開花させるという点では『ダラス・バイヤーズ・クラブ』に似ているし、脳損傷をきっかけにすっかり人生が変わってしまった(しかも良い方向に)という点では'I Woke Up Gay'(「クリスは朝起きたらゲイになっていた」)みたいな話である。共感覚などに関心がある人はもちろん、この手の「地方都市の若者に急に転記が」みたいな話が好きな人にはとてもおすすめの自伝だ。