国会前の安保法制反対抗議に行ってきた。
前に反原発デモでちょっと不愉快な思いをしたことがあり(これはブログとかフェイスブックにも書いたはずだが)、元気がある時でないとちょっと日本のデモに行く元気が出ないので、今回は学者の会に入るだけでプロテストには出かけていなかったのだが、首相のパフォーマンス等々があまりにもバカバカしいのと(なんだあの人魂は)、デモ参加者に対する性差別的な言動があまりにも目に付くので(学生団体のSEALDSに美人が多いことを売りにするとか)、学生時代に戻ってフェミニストっぽい簡易プラカードを作って行ってきた。
なお、マッドマックスのやつはともかく、裏側は日本語のスローガンにしようと思ったのだが、漢字を使うと黒っぽくなってしまい、小さいプラカードだとかなり見栄えが悪くなるので、あきらめて両面英語にした。プラカードに英語が多いのを批判する向きもあるようだが、実際に作ると漢字を使って見栄えのいいプラカードを作るのはたぶんデザインのセンスが良いか、金子兜太みたいに気迫のある文字が手書きで作れるか、どっちかじゃないとムリかもしれないと思った。あまり黒っぽくならず、遠くから見分けやすいゲバ文字には一応、有用性があったんだな…
18時半に日比谷についたのだが、もういっぱいで中に入れず。しょうがないので国会議事堂まで歩く。マジ暑くて滝のような汗が…
この写真は正門前だが、私は小さいのでほとんど前が見えない。周りで少々、小競り合いもあったようなのだが全然、見えなかった。しかも大混雑で隣の人がつまづいて水筒のお茶を飲んでいた私に衝突したため、私は麦茶を自分の服にこぼした。
この時点ではほとんどなんにも見えなかったのだが、集会が終わるくらいには高橋哲哉先生の背中が見える場所まで移動できた。音は配信されていたのでちゃんと聞こえたが、たまに聞こえづらくなることも。手が疲れないようにささやかにプラカードをかかげる。
警察の群衆管理が実にウザかったしかえって危険だとは思ったのだが(とはいえ私はロンドンでケトリング封鎖をくらったり騎馬警官隊と衝突したりしているので、ちょっと経験から身につく「危険」の基準がズレてるかも)、少なくとも私がいたところは絡まれたりするような不愉快な雰囲気ではなかったのは良かった。
しかしながら、最後のスピーチにははっきり言ってちょっと引いた。国会議員や高橋哲哉先生、また関西のSADLの人のスピーチなどの最後にSEALDSの女性のスピーチがあったのだが、この「安倍首相への手紙」というスピーチはかなり稚拙なものだったと思う。私が一番「これは全然ダメだ…」と思ったのは、「帰ったらご飯をつくって待ってくれているお母さん」がいることを平和な世界の象徴として訴えていたところである。これは自分の経験に基づいているのだろうが、全体的にものすごく家庭を守る母(「両親」ではない)とその子どもというイメージに依拠しており、はっきり言ってこのスピーチで提示されている「平和な家族像」というのはむしろ首相とその一派が推し進めているものに近い、母親が家にいて子どもを育て、家事や炊事をするという保守的・伝統的な性役割に基づいた家族モデルへのノスタルジーだと思った。首相への手紙という形式なので、わざと首相が喜びそうな家庭モデルを持ってきているのか、それともあまり何も考えないで経験を書いているのかはわからないのだが、こういう安倍的家庭観を前面に出して「安倍を倒せ」とか、全然コンセプトが通ってなくてスピーチとしては稚拙にすぎると思うし、女性性とか母性がしばしば政治活動でプロパガンダに利用されることを経験してイヤになっているほうからすると聞いていて本当にうんざりする。
私はけっこう、デモに行く前はSEALDSの人たちではなくその周りで「美人もたくさん参加してる」ことを売りのように言う人たちに問題があり、学生は若いからそういうことがよくわからなくても仕方がないだろうと思っていたのだが、このスピーチを聞くと、人目を引くことを目的に安易に「女性性」をアピールしてしまう土壌はSEALDSのほうにもあるんじゃないかと疑ってしまった。まあ、これは私の考えで、実際にそうなるとしてもまだまだ遠い先の話だろうが、たぶんSEALDSを組織してるような学生から将来、国会や地方自治体の議員なども出ることもあると思うので(『グローリー』や『パレードへようこそ』なんかでも描かれているし、日本でもそういう事例はあるが、市民運動は未来の政治家を育てる学校である)、もっと性差別とかスピーチのコンセプトの重要性とか、そういうことを今のうちに学んでほしいと思う。私は来週の金曜日は学者の会に行く予定で、この時は学生と一緒に行動するらしいので、そのへん誰かと意見交換できたらいいのだが…
追記:私が批判したスピーチの全文書き起こしがアップされたようだ。