砂漠でペットロス〜『奇跡の2000マイル』(ネタバレ注意)

 『奇跡の2000マイル』を見てきた。

 主演はミア・ワシコウスカで、1977年にオーストラリアの砂漠をほとんど一人(一部、アボリジニの聖地周辺だけは地元のアボリジニのご老人と)で横断した冒険家ロビン・デヴィッドゾンの旅の記録を脚色した作品である。

 このロビンはなんか自立心と不思議ちゃんと風来坊が絶妙な配合でこの世に現れたみたいな女性で、アリス・スプリングスにイヌのディギティと共に現れ、働きながらお金を作ってラクダを手に入れ砂漠横断をしようとする。ロビンは本職の探検家とかではない若い女性なのだがとにかく人に流されないところがあり、普通の家じゃなくキャンプしたりそこらの廃屋みたいなところでディギティと暮らしながらラクダの扱いを学び(最初は不慣れでクズな牧場主に騙されたりもするのだが)、ナショナルジオグラフィックの後援を得て横断の旅にのぞむ。

 映画のけっこうな部分はロビンの一人旅なのだが、それでも人間関係じたいはよく描けている。70年代オーストラリアの人種差別が描かれる一方、ロビンのラクダ使いの先生であるアフガニスタン系のマホメットや、アボリジニのご老人で聖地周辺でロビンの案内役をつとめるエディなど「老師」としてロビンを導く役柄は二人とも非白人で、まあ70年代の記録なのでちょっとステレオタイプにはまっているところもあるかもしれないが(映画の最初にそういう字幕が出る)、基本的にはとても人間味のある人々として描かれている。ロビンを担当するナショナルジオグラフィックから依頼を受けた写真家のリック(アダム・ドライバー)は善良だがウザいところがある男で、勝手にアボリジニの儀式の写真をとったせいでロビンの立場を悪くしてしまうという、写真家らしい奢りたっぷりのしょうもない男なのだが(ロビンがアボリジニの女性たちに「あの人、ダメ夫でしょ?」と言われるところは面白い)、それでも本気でロビンのことを案じていろいろしてくれるためついロビンがほだされてしまう。この二人の交流過程があまりベタベタせずさらっと描かれているのは良い。ただ、女性同士の会話場面はあり、男性以外の話題の会話もあるのだが、ロビンが旅先で出会う女性たちに名前がないもんでべクデル・テストはパスしない…

 一番素晴らしいのはやはりミア・ワシコウスカである。この絶妙な浮き世離れ感とそのくせ自分の力で生きていく力だけはふんだんにある感じはミア・ワシコウスカにしか出せないものだろう。砂漠で砂まみれになったりするところはきっととても撮影が大変だったろうと思うのだが、どんなにボロい格好でも(砂漠には全く人がいないし、あまり服を持って行って洗濯できるような環境でもないもんで、ロビンは暑い日はほんとあられもない格好でラクダを引く!!)もの凄く存在感がある。ロビンは飛び抜けた賢さとか美しさでギラギラしているタイプではなく、寡黙で他人と馴れ合わない女性なのだが、心の強さで大きな冒険を成し遂げる。だいたい冒険ものとかのヒロインというとアンジェリーナ・ジョリィやスカーレット・ジョハンソンみたいに輝くばかりの美貌と強さで見ていて眩しい女性が多いと思うのだが(いや、そういうのもいいんだけど)、ミア・ワシコウスカは全く違ったヒロインを作り出しており、こういう型にはまらないヒロイン像は見ていてすごく独創的で面白いと思った。

 この映画のもう一つの大きなポイントは、動物たちの芸達者ぶりである。旅のおともをする四頭のラクダたちも名演だが、愛犬ディギティはすごく表情豊かでかわいらしく(顔がちょっとうちの前の飼い犬だったりんごに似ている)、ロビンとディギティの強い絆が押しつけがましくなく、しかし心に迫る形で何度も表現されている。ところが、[この後ネタバレ]ディギティはなんと砂漠で道に落ちていた毒を飲んでしまい、瀕死の状態になってしまう。もう生き残る望みがなく、けいれんしてひどく苦しむディギティを見て、ロビンはディギティを安楽死させることを決める(実はロビンの子ども時代の飼い犬も安楽死させられていて、ロビンにはトラウマがあったことがフラッシュバックで描かれている)。この場面はリアルだが、ものすごくショッキングである。ディギティを失ったロビンは重症のペットロス(砂漠で相棒が殺さざるを得なかったのだから当然だ)にかかり、全裸で砂漠をフラフラするなどちょっと異常な行動をとったりするが、それでもリックの助けもあって旅を成し遂げる。そんなロビンが、ファンの子どもから送られたディギティと自分とラクダだちの絵を眺める場面は涙なしには見られないので、愛犬家はちょっと覚悟したほうがいいと思う。いい映画だが、ここはちょっとキツい。