爆笑の諷刺喜劇…〜世田谷パブリックシアター『トロイラスとクレシダ』

 世田谷パブリックシアターで鵜山仁演出『トロイラスとクレシダ』を見てきた。全体的に大変面白く、とくにお腹を抱えて笑える場面がたくさんある諷刺喜劇だったと思う。

 実は私が以前に一度だけ見たことのある、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー&ウースター・グループ版『トロイラスとクレシダ』は稀に見る不評な公演で、上演開始時より終演時のほうが空席が増えているというような始末のプロダクションだった。アメリカ人と英国人の演出家がそれぞれギリシャ軍とトロイ軍を演出するというものだったのだが、これが完全に裏目に出て笑うところもないし息もあってなかった。それに比べると今回の『トロイラスとクレシダ』は、前回見た時にはクスリとも笑いが起きなかったような箇所で何度もフいてしまったので、本当に同じ戯曲かと思うくらい面白くてびっくりしてしまった。

 舞台は後ろにかなり急な階段を設置したセットで、前方に紅白などの幕をつるしてテントなどを表現する。後方真ん中に一箇所、出入りするための小さい通路があったり、また奈落のドアからの入退場も多い。衣装は現代のもので、ギリシャ軍は迷彩の軍服中心だが、アガメムノンは映画の撮影現場みたいな'Director'の椅子に座っていて、実に偉そうだ。

 とにかく登場人物同士のやりとりが面白おかしく、一番真面目にならないといけないようなところでとんでもないお笑いをかましてくるので、意表をつかれるような笑いが多かった。ユリシーズがエイジャックスに対して「頭の良さは褒めるまでもない」(実際の意味は「あんたバカ」)などとおだてるところはこの芝居の中でも一番私が気に行っている場面なのだが、今井朋彦演じるユリシーズのなんとも言えないイヤミな頭の良さが大変よく効いていてニヤニヤクスクスが止まらなかった。渡辺徹がトロイラスをクレシダに取り持つおじのパンダラス役を演じているのだが、これもまあ下ネタを中心として台詞回しも動き方もいかにも「訳知り顔のちょっとウザいおじさん」風で大変面白おかしく、一方で最後はきちんと厳しく締めてくれたと思う。横田栄司がアキリーズを演じているのだが、パトロクラスを引き連れたアキリーズは軍人だかそこらのチンピラだかわからないような威厳のなさで、たまにちょっとホモエロティックだったりもするのだが、そのなんとも言えない傲慢と、エイジャックスとはまた全然違う思慮の足り無さ(アホっぽい人のキャラ分けって大変だと思うのだが、エイジャックスとアキリーズは明らかに違う)をいかんなく発揮していて、出てくるたびに笑える。こういうひとつひとつの笑いの積み重ねが、7年も戦争が続いているという大変な状況なのに男たちがくだらない見栄の張り合いばかりしているという状況の不条理さを辛辣に暴き出していると思う。それが、最後に急転直下で死人がゴロゴロでるシリアスな終わり方になっていくのも良い。

 一方でクレシダ(ソニンが演じている)の物語はけっこう深刻だ。クレシダはトロイラスを恋人とするが、ギリシャ軍に捕虜交換で引き渡されるとすぐダイアミディーズの恋人となる。この心変わりの表現は難しいところだと思うのだが、このプロダクションでは、クレシダがギリシャ軍に到着したとたん、ニュージーランドのハカかなんかみたいなドスンドスンとうるさい踊りで圧倒し、争ってクレシダの唇を求めるギリシャの男たちが描かれる。この場面は戦時性暴力を明確に想起させるもので、クレシダは性欲丸出しでふざけている男たちに押し倒されたり触られたりしてかなりの危険を感じているように表現されている。そんな中でも弁が立つクレシダは面白いことを言って男たちのセクハラを止めるだけの賢さがあるのだが、それでもこんなところで若く美しい女性が強姦やどうしようもない男との強制結婚から身を守るためには、少しでもマシな男を恋人にするほか生きる術がない。このプロダクションでは、こういう絶望的な状況ゆえにクレシダがトロイラスに未練を持ちつつもいくぶんはマトモそうなダイアミディーズと契ることを決めるという筋道がよくわかるようになっており、クレシダの考えが生き生きとわかる演出だったと思う。

 ギリシャの軍人たちのまるでくだらない小競り合いと、身を守るため恋人を変えるクレシダを対置して描くことで、このプロダクションは戦争の不毛をとても効果的に諷刺していると思った。笑って見ているだけでも面白いが、かなり政治的な演出でもある。ただ、サーサイティーズの見た目だけはちょっといただけなかった…あれ、ブラックフェイスを想起させない?