歩くフェミニスト〜『わたしに会うまでの1600キロ』

 ジャン=マルク・ヴァレ監督、リース・ウィザースプーン主演『わたしに会うまでの1600キロ』を見た。

 ヒロインのシェリル(リース・ウィザースプーン)は母ボビー(ローラ・ダーン)の死以来非常に精神不安定になっており、ヘロインとセックスに溺れて夫とも離婚する。ボロボロのシェリルは心機一転し、パシフィック・クエスト・トレイルと呼ばれる長いハイキング道をメキシコ国境からカナダ国境まで歩くという長旅に出るが…

 基本的には、全くハイキングの経験が無いシェリルが歩いて苦労する様子に、シェリルの過去の様子がフラッシュバックで挿入されるという構成になっている。シェリルは事前にラクダの訓練とかを学んでいたわりと準備万端な『奇跡の2000マイル』のロビンに比べると全然準備が出来ておらず、バカでかい荷物詰めすぎのバックパックを背負い、大きさが合わない靴を履き、間違った道具を持って行ったりして最初はひどいめにあう。しかしながらいろいろと途中でハイキング慣れしている人たちからアドバイスを受けたりしつつ、どうにかすべての道を踏破する。

 この映画はたいへんフェミニスト的な映画である。ベクデル・テストはパスするし、シェリル自身が映画の中で女性をバカにした感じの記者に対して当たり前のように自分はフェミニストだと名乗る画期的な場面がある(それに対する記者のアホな反応も含めて、自分はフェミニストだと言いたがらない現実の女たちと映画のヒロインたちが山ほどいることを考えると、これだけですごいと思う)。完璧な人間ではなく、心も体もアザだらけだが、知性をもって考え、自分と向き合うことで苦痛を乗り越え、大人として生き抜こうとするシェリルは非常に魅力のあるヒロインだ。シェリルはかなり本が好きな女性で、トレイル中にいろいろなところに置かれた落書きノートに好きな引用を書き込んだりするのだが、母の思い出だけではなくこういう本の引用と一緒に歩くことでトレイルの孤独さを和らげるシェリルには、日本の「同行二人」ではないが聖人のかわりに本を連れた巡礼者のような雰囲気がある。シェリルとボビーの間の母と娘の関係が大変丁寧に描かれており、自己実現を求めつつも亡くなってしまった母との絆と、それを失ったショックへの癒やしが全体のテーマとなっている。シェリルの他に登場するハイキングする女性も魅力的に描かれている。男性の描き方についても複雑で、シェリルの虐待的な父親の思い出や、女性がひとりで旅をする時のレイプの恐怖、旅の最中にひどいセクハラをしてくる男のクズっぷりなどがあからさまな暴力描写をなるべく避けつつ暗示的に批判される一方で、一見怖そうだが親切でしかもシェリルが怯えて嘘をついたのまでお見通しの賢い田舎のおじさんとか、シェリルを尊敬して扱ってくれるハイキング仲間の男たちなど、薄っぺらいでない人間味のある男性がたくさん出てくる。さらに、すごくいやなやつというわけではないのだがちょっとウザさのあるキャンプ場の管理人なんかも出てきて、男性の描き方にたいへん深みがあると思う。

 全体的に見た目は『奇跡の2000マイル』に似ているし、フェミニスト的なテーマも共通すると思うのだが、見終わった時の印象はかなり違い、それぞれに面白いところがあると思った。『わたしに会うまでの1600キロ』のほうが、心にある緑の場所を求めて歩くという点でちょっと『マッドマックス』に似ているかもしれない。もうそろそろ終映になってしまうが、大変おすすめだ。