モラハラ男と不安な女〜『スコット&ゼルダ』

 銀河劇場で『スコット&ゼルダ』を見てきた。フランク・ワイルドホーン作曲のミュージカルで、スコット・フィッツジェラルドゼルダ・セイヤーの人生を描いた作品である。もとのアメリカ版とはかなり演出を変えているそうだ。

 話は精神病院に入院しているゼルダのところに記者のベンが取材に来て、ゼルダが過去の話をするという『市民ケーン』ふうの枠に入っている。アメリカ南部のモンゴメリ出身で自由な精神を持つ美女ゼルダ・セイヤー(濱田めぐみ)は作家としての成功をめざす若者スコット・フィッツジェラルド(ウエンツ瑛士)と運命的な出会いをし、2年程離れて求愛期間を過ごした後、結婚してニューヨークで暮らし始める。スコットはすぐにベストセラーを書き、2人はジャズエイジの華として社交生活を送るが、スコットがゼルダ虐待するようになり、さらにスコットの仕事もうまくいかなくなっていく。ゼルダは精神を病み、スコットも酒浸りになって、2人は破滅に向かっていく。

 実は私はそんなにフィッツジェラルドが好きではないのだが、このミュージカルは良くできていて面白いと思った(ただ、かなりつらい話だと思ったのでちょっとよく読み取れてないところがあるかもしれない)。セットは中央に回転ドアがあり、両側に階段があって上にバルコニーがついていて、その後ろの部分にオーケストラがいるというもの。複雑な場面転換はそれほど無く、精神病院もゼルダフィッツジェラルドの社交生活も大部分がこのセットで展開し、ベンに人生を語るゼルダがそのままスコットとの物語に切れ目無く入っていったりする。3時間近くあるということでちょっと長すぎるのだが、こういうつらい話はこれくらい長いほうがいいかもしれない。ゴシップ記者がゼルダと話すことで「書くとは何か」という主題がどんどん明らかになっていくという構成はとても良い。また、歌手とダンサーを分け、スコットがタイプライターに向かって執筆する周りでダンサーが床を踏みならして踊ることで執筆の進み具合を示すなど、文学を主題とした作品としてはかなり気の利いた演出をしていると思う。

 一番の見所はスコットのモラハラ夫ぶりである。ウエンツ演じるスコットは、見た目はハンサムだし才能にも満ちているのだが何か決定的に精神に空隙があり、自分の愛する女性にも人権とか自由とかがあるということに全く思い至らない。ゼルダの日記を勝手に自分の作品に流用するなど妻の尊厳を傷つけるようなことを四六時中しているにもかかわらず、それの何が悪いのか全く気付いていないのである。ゼルダが離婚を切り出した時、スコットはゼルダを監禁するなどのひどい虐待を加えるのだが、この他人の心を全く理解しないサイコパスっぷりは殴る蹴るなどの暴行よりもかえって怖い。これはたぶんウエンツの「キュートだけどなんか抜けてる」個性がいい方向に働いていると思う。

 ゼルダはこのモラハラ夫スコットに対抗しようとするのだが、自分を証明したいという不安にかられているゼルダが選ぶ手段はあまりうまくいきそうもないようなものが多く、かなり悲惨な結末に突っ込んでいって、最後はゼルダもスコットも共倒れになってしまう。単に夫に虐待されっぱなしの妻ではなく自分にできる範囲で抵抗しようとするゼルダは勇気があるが、不安に苛まれてかつての自由な精神と才気を失ってしまっているように見え、非常に痛々しい。最後にゼルダをボロボロにしたスコットが病院の妻のもとを訪れて自分の罪を理解し、ひどい後悔に苛まれる場面は、心が痛む場面ではあるが、あんなに虐待しておいてこういうオチとはいささかきれいにまとめすぎかもという気はする。一応、最後にベンが作家としての決意を新たにするという少し明るい結末があるのだが、それでもかなり救われない話ではあった。