宇宙には宇宙の歌は持って行かない〜『オデッセイ』(ネタバレあり)

 リドリー・スコット新作『オデッセイ』を見てきた。宇宙飛行のミッション中、火星での事故により死んだものと思われ、ひとり火星に取り残されてしまったマーク・ワトニー(マット・デイモン)が地球に生還するまでを描いたハードSFである。

 違った、こっちだった。

 とにかく楽しい映画で、他のクルーが全員船に乗って脱出してしまい、火星にひとり取り残されるという絶望的な状況を描いているのにじめじめした暗いところがほとんどない。『インターステラー』にちょっと似ているが、若干哲学的だった『インターステラー』に比べるとずいぶんシンプルで明るい話になっていると思う。科学の力に対する強い信頼にアメリカふうな楽観主義があいまってワクワクするような冒険映画になっており、女性、アジア系、アフリカ系などの科学者もたくさん登場するあたり、子どもたちに科学の夢を与えるための映画だとも言える。科学者がたくさん出てきてどのキャラもきちんと立っているのが、テキサスにあるNASAのヒューストンの宇宙センターは多少は組織人っぽい人が多い一方でパサデナの研究所は人種的に多様性が高く、気さくで着てるものも働き方もマイペースな西海岸のオタク集団で、「なるほどな」というような描き分けをしている。女性科学者も活躍し、とくにジェシカ・チャステイン演じるルイス船長はとてもカッコいい宇宙飛行士だ。ベクデル・テストについてはちょっと微妙だが、一番最初のルイスとジョハンセンの短いやりとりでパスするんじゃないかと思う。
 おそらくコメディとして作られているのだと思うのだが、会話なんかもかなり面白い。そこらの映画なら涙や苦痛が出てきそうなところもコメディらしくカラっと処理している。指輪物語ネタも笑えるが、とくにマークがはじめて自分を置き去りにしたクルーと通信するところがいい。クルーメンバーのマルティネスが泣いて謝ったりしないで「置き去りにしてゴメン、お前がちょっと嫌いでさ」みたいな口汚いジョークばかり言うところは良かった(日本語ならキツく思われそうだが、マークの性格と状況を考えるとじめじめしたお詫びを言うと余計気が沈みそうだから、たぶんマルティネスの冗談が正しい選択だ)。
 一番ユーモアを感じるのは音楽の使い方である。置き去りにされたマークが他のクルーが残した荷物をあさったところ、ルイスが残していった音楽が見つかるのだが、これがディスコばっかりだ。そして面白いことにこのディスコ音楽コレクションには、ちょっとは宇宙や科学を感じさせるアース、ウィンド&ファイアーやKC&ザ・サンシャイン・バンドは全然入っておらず、アバとかドナ・サマーばっかりなのである(まあ、宇宙に行くのに宇宙の曲を持って行きたくないと思う人もいるだろうからこれはけっこう丁寧な設定だとも言える)。なお、マークがディスコ音楽をとても嫌っているという設定で、要所要所でとても悪意(?)に満ちた選曲が行われ(プルトニウムを用いた暖房設備が出てくるところでドナ・サマーの「ホット・スタッフ」とか)、とくにアバの「恋のウォータールー」の使い方がヒドすぎる(これはもちろん褒めているつもりなのだが、「恋のウォータールー」は「ここで恋に負けることが実は勝利だ」という歌なので、宇宙船をぶっ壊すことで生還=勝利を試みるというマークの心境をとてもユーモラスに表現していると思う)。最後はもちろんグロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」でしめくくる。なお、一箇所だけ地球視点のところでデヴィッド・ボウイの「スターマン」がかかるところがあり、「スターマンが空で待っている」という歌詞が印象的に使われる。宇宙についての歌は地球で救出に尽力している人たちの気持ちを表すために使われているというあたり、芸が細かい。