野心的だが、内容はちょっと…『シャーロック』スペシャル版『忌まわしき花嫁』(ネタバレあり)

 『シャーロック』のスペシャル版『忌まわしき花嫁』を映画館で見てきた。

 いつもの現代版ではなく、ヴィクトリア朝を舞台にしたスピンオフということでどうなるんだろうと思って見に行ったら、途中でなんとヴィクトリア朝版は現代版シャーロックの夢だという構成で、まるで『インセプション』みたいな夢と現実を行き来してどっちが夢だかだんだんわからなくなるような展開になっていってしまった。さらにヴィクトリア朝版の展開は完全にシャーロックの夢なのでちゃんと解決もされないし、さらにけっこう夢の中のホームズは現実のシャーロックよりにぶちんで事件をきちんと独力で解決できなかったり、意外なシャーロックの自己評価の低さ(!?)が垣間見えたりするところは面白い。さらにヴィクトリアンの夢の世界ではワトソンがホームズものの作者で、ホームズの行動がかなりワトソンによって規定される。これはおそらく現代の世界でもシャーロックがジョンをある意味で自分の創造者として信頼していることを暗示しているのだろうと思うので、いつもの現代版では描かれていないシャーロックの不安やジョンへの信頼を見せる展開としてはいいと思う。90分でこんなポストモダンっぽい展開にした野心は大いに買う。

 しかしながら、展開じたいはちょっと…最初にメアリが女性参政権運動に参加してて、さらにマイクロフトが「我々は負けるべき闘いをしてるんだ」というところで私は既に「あ、今回はひょっとして女性参政権運動の話かな?」と思ったのだが、その後の展開がよくなかった。ホームズがぼんやりしているあいだにメアリが殺人犯の牙城をつきとめ、そこに行くと青いローブをかぶったへんな人たちが集会していて、やがてそれが女性を虐待する男性を暗殺するフェミニストテロ組織のアジトだったということがわかる…のだが、まずあのトンチキKKKみたいなフェミニスト集団のヴィジュアルは何なんだ。現実のシャーロックの想像力が貧しいということなのかもしれないが、まず作中ではホームズ自身もある程度言い分の妥当性を認めているような組織のユニフォームがみんなから嫌われている人種差別テロ組織に似ているというのはちょっとおかしいし、さらにこれは私のこだわりにすぎないけどヴィクトリアンのフェミニスト武闘派はもうちょっとおしゃれだったりスポーティだったりするはずだ(ちょっと後だが柔術を操る武道家もいたくらいだ)。おそらく最近、パンクハースト母娘みたいな破壊活動や武装闘争やってた女性参政権運動家たちが再評価されているのをふまえて、ある程度言い分に妥当性がある抵抗運動としてフェミニズムを出したのだろうが、ビジュアルの扱いが圧倒的に下手クソだし、あと政治運動よりは暗殺団に見えるのでかえって変なことになっている。ホームズが長々とフェミニスト組織の理念について説明するところも、まあこれは現実のシャーロックが思っていることを反映しているという文脈にしたかったのだろうが、見ていて「いやそれは女性の黒幕とかに大義を説明させるべきだろ、なんで男性がわざわざ」と思ってしまう(英語ではこれをman+explainでmansplainと言うのだが、英語圏でも女性ファンはシャーロックのmansplainなんか見たくないという声が多数あったらしい)。
 全体的に『シャーロック』シリーズは女性を引き立てようとして悪気なく失敗しているところがけっこうあるし(アイリーン・アドラーの回とか、最後までアイリーンを引き立てているつもりなんだろうけどあそこでシャーロックに救われてしまっては意味が無い)、今回はおそらくそういう批判に応えるために女性参政権運動を持ってきたのかもしれないが、かえって悲惨なことになっているので、もう『シャーロック』シリーズはヘンに女性を引き立てないほうがいいのではと思う。私は以前から思っているのだが、多様性のあるキャラクターや幅広いトピックを描けるのは素晴らしい想像力のたまものであってドラマや映画に奥行きを与えるし、そういうクリエイターは高く評価されるべきだが、自分の知っていることしか描けないタイプのクリエイターは下手に多様性を指向してもうまくいかないから自分ができそうなことだけについて洗練された書き方を極めたほうがいいと思うのである(チャレンジは大事だが、大変そうならそういうことができる人を呼んで助けてもらったほうがいい)。