中世道徳劇のようなカネの話〜『マネー・ショート』

 『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を見てきた…のだが、いったいこの日本語タイトルは誰が考えたんだろう。英語がわからん人には意味不明だし、英語がわかる人にはえらい貧乏くさい話みたいにきこえるし(金がなくなったとかいうような内容の話ではあるのだが、そんなに貧乏くさい話ではない)、原作通りの『世紀の空売り』あるいは忠実に訳して『大いなる空売り』か、でなきゃ『ブラット・ピットのおとぼけウォール街騒動記』とかでもいいような内容だった。あと別に「華麗」でもない。

 内容は、2005年の時点で既にサブプライム住宅ローン問題を察知していた金融業界の男たちの群像劇である。まずは医学博士で義眼、アスペルガーの気があるヘヴィメタ野郎で、サイオンキャピタルのトップであるマイケル(クリスチャン・ベール)が住宅ローンバブルとその崩壊を予想し、バブルが崩壊すると儲かる商品CDSを作ってもらってそれに投資する。それを察知したドイツ銀行の凄腕トレーダー、ジャレッド(ライアン・ゴズリング)が、金融業界の不正体質を嫌っているフロントポイント社のマーク(スティーヴ・カレル)にCDSを売り、さらにコロラド州ボールダーから出てきた若者で起業したてのジェイミー(フィン・ウィットロック)とチャーリー(ジョン・マガロ)が引退したやり手の銀行マン、ベン(ブラット・ピット)と組んでCDSに投資する。こいつらだけがバブル崩壊をしっかり予測しており、バカにされながら市場崩壊に賭けたら思っていた以上の大惨事が…という展開である。

 非常に深刻な話なのだが、基本的にはコメディといっていいと思う。面白いのはこの作品、ナラティヴのスタイルが中世道徳劇とそっくりなのである。語りの大部分は本人自身はあんまり出てこないジャレッドが支配しているのだが、このジャレッドはこの映画に出てくるトレーダーの中でも一番いけすかねえ野郎で、儲けることしか考えていないし、自分のこと超クールだと思っている。しかしながらこのジャレッド役を演じているのはこの映画でおそらく最も若くてイケメンであるライアン・ゴズリングであり(ブラピは引退したおっさん風に作っているのでイケメンぶりは封印気味だ)、話す内容も悔しいことにユーモアがあって面白い。そしてこのジャレッドだけほぼ常に第四の壁がなくて、観客に直接話しかけることができる(他の人物のしゃべりでもたまに第四の壁がなくなることがあるのだが、観客と話す場面の大部分はジャレッドの仕事だ)。中世ヨーロッパ道徳劇では「ヴァイス」(悪徳)という、人間の悪いところを擬人化した登場人物が出てくるのだが、このヴァイスはカリスマ的でユーモアもある役柄であり、多くの場合第四の壁がなく、面白いことを言ってお客を笑わせつつ登場人物やお客を罪深い行為に誘ったりする。イケてて面白くて観客と直接話せて、さらにマークに怪しいCDSを買わせるなどお客も含めたいろんな人々を罪深い行為に誘うジャレッドはまさにヴァイスだろう。中世道徳劇だとヴァイスの試みは潰えて人間が救済されたりするのだが、ジャレッドに商品を買わされたマークが最後に下した決断は…ちょっと皮肉でもある。

 トレーダーたちはかなりきちんとキャラ分けしてある。いけすかねえが才能豊かなイケメンのジャレッド、とにかく一風変わった天才肌のマイケル、田舎から出てきたふつうの若者たちで知識不足という点ではかなり観客に近い存在であるジェレミーとチャーリー(こいつらちょっと『ハムレット』のローゼンクランツとギルデンスターンみたいな感じである)、怒りに満ちたマーク、いいところだけちょろっと出てきてなんか儲け役のベン、という感じである。個人的にはマークを演じるスティーヴ・カレルの演技はとても人間味があり、ああいう役をちゃんとした欠点も長所もある人として提示するのはなかなか大変と思うのだがそれを見事にこなしていて素晴らしかったと思う。しかしブラピは『ワールド・ウォーZ』(仕事に疲れて引退してる主夫)+『それでも夜は明ける』(ひとりだけ正義感があって演説するヤツ)みたいな役で、ちょっと自分のプロデュースだからっていい人の役ばかりもらいすぎではないか。

 あと、基本的に面白かったのがひとつ個人的な意見がある。この映画では金融の細かいところはモデルさんやシェフなどの有名人にいろんなたとえで説明してもらうというスタイルをとっている(結局説明してもらってもたいしてよくわからんのだが、それでも別に映画は楽しめると思うけど)。最初の説明で風呂に入ったセクシーなマーゴット・ロビーが説明をするのだが、これはどうなのか…。ヴァイスの語りに支配されてると言えばそうなんだが、いまどきセクシーな女性でアイキャッチとか古いので、やめてその後の料理のたとえみたいなもうちょっとわかりやすいものをやるか、あるいはバランスをとるためにヴァイス役のライアン・ゴズリングがなんかセクシーに説明してくれる場面を他にひとつくらい導入するとか、そういうことをすべきだったのではないか!!ちなみに、この映画はベクデル・テストはパスしない。