オチがちょっと弱い〜宝塚宙組『Shakespeare 〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜』

 宝塚宙組の公演『Shakespeare 〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜』を見た。一時間半強の短い舞台で、シェイクスピアの没後400年記念演目である。朝夏まなとシェイクスピアを演じ、ヒロインにあたるのは妻のアン・ハサウェイで、実咲凜音が演じている。

 まずはストラットフォード・アポン・エイヴォン時代からはじまる。作家志望のウィルことウィリアム・シェイクスピアは近所のヨーマンの娘アンに惚れるが、父ジョン・シェイクスピアが紋章取得を拒まれた問題にからんでお偉いさんとケンカしてしまい町を追い出される。ハンズドン卿の息子ジョージ・ケアリーに引き立てられたおかげでアンとはどうにか結婚することができ、ロンドンに単身赴任してケアリー家がパトロンになっている宮内大臣一座で座付き作家として人気を博すようになる。ところがジョージとエセックス伯ロバート・デヴルー、サウサンプトン伯ヘンリー・リズリーがシェイクスピアの才能を利用してプロパガンダ芝居を書かせようとしたのがウィリアム・セシルたちの逆鱗に触れ、一行は逮捕。エリザベス一世はこの4人と面談し、嘆願を受けた末、夫婦愛についての新しい芝居を上演し、それが自分を納得させるような傑作であれば罪を許すという賭けに乗る。シェイクスピアは果たしてこの賭けに勝てるような新作を書けるのか…?

 全体的にはいろいろシェイクスピアについて勉強して作っている芝居で、役者は歌も踊りも台詞も皆宝塚らしくちゃんとしているし、ストラットフォード・アポン・エイヴォンのメイポールのセットやロンドンの芝居小屋・パブなどのセットもかなり気合いが入っている。とはいえこの手のシェイクスピアをネタにした芝居としてはこの間見た『シェイクスピア様ご乱心』のほうがだいぶよかったかな…『ロミオとジュリエット』みたいな台詞のやりとりを実際にウィルとアンがやったりするのは安易だし、アンは宝塚らしい夫や子どもを気遣うけなげなヒロインであまり面白みはない。あと、オチがかなり弱い。夫婦愛をテーマとして課されたウィルはアンと仲違いしているためなかなか夫婦愛について幸せな結末を考え出すことができず、結局レオンティーズが自殺するという結末の『冬物語』を持って宮廷に行く。あまり盛り上がらない終わり方なので女王は当然満足しないわけだが、そこでアンが口を開いてウィルと仲直りし、それを見た女王がなんか丸め込まれてしまって大団円…という落とし方になっている。これではシェイクスピアの才能とか芝居の力とか全然関係ない終わり方になってしまうので、あまりよくないと思った。この結末では、タイトルの「尽きせぬ言の葉」がちゃんと強調されていないように思う。

 史実に関しては、まあ私はこの手のものはフィクションだと思っているのでたいして細かく突っ込むつもりはないのだが、二箇所くらい話の進め方との関係でちょっと気になるところがあった。まずエミリア・バッサーノ(結婚後の名前はエミリアラニエ)の描き方で、ジョージやロバート、ヘンリー一行の知人としてちょっとだけ「ダーク・レディ」として紹介され、他の人の運命を占ってあげるという場面がある。ところがエミリアはその後の話に絡んでこないので出した意味があまり無い。また、エミリアソネットのダーク・レディだという説は極めて怪しいものである一方、エミリア本人がかなり優れた詩人でキリスト教文学の著者として最近注目されているので、そういう人を「魔女エミリア」として出すのはどうかと思った。
 もう一箇所はエリザベス一世が劇場に実際にやってくるところである。『ロミオとジュリエット』の御前上演があってエリザベスが来るという設定になっているのだが(ちなみに勘違いしてる人が多いのだが、『ロミオとジュリエット』初演時にグローブ座は完成してないので本作初演はまず間違いなくグローブではない)、他の貴族はともかくエリザベス一世が屋根のない劇場に公的に来たという記録は無い。この頃の慣習では劇団が宮廷に来て御前上演してくれるから、忙しい君主がわざわざ劇場に行く必要は無いのである(宮廷での御前上演は劇団の大きな仕事のひとつだった)。またこれは私の印象論だが、エリザベス一世は自分のパブリックイメージに事細かに気を遣っている人であまり自分でコントロールできない場所に公的に出席するのが好きでないと思うので、性格的にもそういう自分より役者が目立っちゃうようなところに行くのは慎重だろうと思う。で、別にこの劇場での御前上演が後でなんか話の上で生きてくるならいいのだが、結局エリザベスは最後、宮廷に劇団を呼んで御前上演してもらうっていうことになるので、最初にわざわざエリザベスが芝居小屋に来た意味があんまりよくわからない。

 お芝居の後、休憩をはさんでレビュー『Hot Eyes!』があったが、こちらは気楽に楽しめるいつものレビューだった。照明が大変工夫していて綺麗で、曲の歌詞に合わせて丸い照明が広がっては消える様子で雨が地面に打ち付ける水紋の様子を表現したり、ショパンエチュードにあわせて星屑が輝く夜の様子を表現したり、色や光がとても良かった。