緩い、緩すぎる〜『ヘイル、シーザー!』(少しネタバレあり)

 コーエン兄弟の最新作『ヘイル、シーザー!』を見た。これ、すごく期待していたのだが思ったほどではなく、そんなに面白くなかった。

 1950年代のハリウッドを舞台に、フィクサーであるエディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)がスキャンダルのもみ消しやら撮影のトラブルを解決するために朝から晩まで働く様子を描いた作品である。メインプロットは『ヘイル、シーザー!』の主演であるベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が誘拐されて撮影が継続できなくなったという問題なのだが、他にもいろいろな人物が登場し、いろいろなことが起こる。

 問題はこのそれぞれの話があまり相互に絡み合わず、展開に緊密さが無いことである。とくにディアナ・モラン(スカーレット・ジョハンソン)が本筋にほぼ全く絡まないので(ディアナの子どもの父親らしい人が監督している作品は本筋に関係があるが)、なんかいろんなスターが出てきて50年代の映画を思わせる見せ場をひとしきりやるだけみたいな話に見える(女性キャラがけっこう出てくるのにベクデル・テストをパスしないのもたぶんこのせいで、各筋ごとの登場人物があまりインタラクションしない)。ちょっと作りが緩すぎると思う。

 さらに一番緩いのは共産主義の扱いである。赤狩りが背景にあるのだが、出てくる共産主義者たちについては、言っていることは皆そんなにすごくおかしいことではない内容もあるのに(全部まともというわけではないが)、まるでただのバカの集まりみたいに描かれており、赤狩りという苛烈な言論弾圧を背景にしているのにこれはいくらなんでもちょっとひどいのではと思った。さらにスタジオ一のミュージカルスターであるバート(チャニング・テイタム)がソ連に亡命とか大スキャンダルであるはずなのに、マニックスがそっちに対処するところは全然描かれず(私はこの亡命のもみ消しでもう一騒動あるのかと思って楽しみにしてたのに)、マニックス共産主義者を情報源にしてゴシップコラムを書こうとしたサッカー(ティルダ・スウィントン)を脅すだけで終わりである。未婚で妊娠とか酒浸りとかよりも軽い扱いの共産主義とは、ロシア人もビックリの緩さだ。まあこういう「何も描かない」みたいなポストモダンな作風はコーエン兄弟が得意とするところではあるのだろうが、こういう政治ネタを盛り込むのになぜか非政治を装うみたいな描き方は私は全く好きになれない。そういえば『オー・ブラザー!』のKKKの扱い方についてもそういうところがあったが、ポストモダン美学の悪い意味での発露という感じがする。

 もちろん良いところもあり、チャニング・テイタムが踊りまくるジーン・ケリーばりのミュージカルシーンはとても面白い。昔のミュージカルにあった隠れたゲイテイストをうまく現代風にわかりやすく出してきており、50年代のミュージカルを見たことがある人なら笑ってしまうと思う。テイタムが演じるバートの役は『ヘイトフル・エイト』でテイタムがやったジョディの役と機能が少し似ており、ミステリアスで魅力的でふらりと現れ、プロットを駆動させて去って行くというもうけ役である。さらにアルデン・エーレンライクがとても心優しく勇気もあるがとんでもなく大根である、いわゆる「歌うカウボーイ」タイプのスター(アメリカに昔存在した役の類型で、カウボーイなのだがなぜか歌が上手)、ホビー・ドイルを非常にうまく演じていて、こんだけスターがいっぱいいるのにあまり有名でない若手が目立って存在感を示している様子には感心した。