今まで見た中で最低の『ハムレット』〜砂地『ハムレット』

 新宿のスペース雑遊で砂地『ハムレット』を見てきた。これは私が今まで見たハムレットの中で最悪かというくらいくらいひどいものであった。これは1年に1本あるかないかの、開始10分で後悔して出ようと思うが小劇場なので退路を断たれて構造上出られず(小さいハコだと前列の客がはけないと出られないことがある)、自分を呪いながら登場人物全員が早く死なないかと願い、1秒1分を数えながら2時間の拷問に耐える芝居だ。

 コンセプトは悪くない。タメ口でふてくされた不良ハムレットを中心にした機能不全家族の話という基本線はいいし、水槽(ひとつにはガイコツが入っている)を3つ据えたセットもシャープだ。Q1を基本に短くて緊張感のある話にしようとしているところも悪くはない(Q1をベースにした上演は既に行われている)。ところが、この機能不全家族を説得力あるものとして見せるための演出と技術が全く伴っていない。『ハムレット』は政治についての芝居なので、あまりにも家族劇らしくすると原作のテーマ性が失われるという論点もあるのだが、ちょっとクオリティがそういう議論をするレベルに達してない。

 まず台詞回しが壊滅的である。役者、とくに若い役者は叫ぶか棒読みか早口でセリフを流すだけで全然まともに話しているようには見えない。劇中でハムレットが役者たちに稽古をつける時にあまり叫ぶなと言うのだが、この言葉をもうちょっと考えて芝居してほしいものだ。どうも役者を叫ばせたり棒読みさせたり早口にしたら異化効果やらリアリズムやら劇的な感情の噴出が生まれると思い込んでいる人がけっこういるみたいなのだが(そういう上演はけっこう見かける)、そんなことを考えている演出家や役者は全員、尼寺に行って頂きたい。何かの効果を狙っているのかもしれないが、実のところは台詞が満足に聞き取れず、ヘタクソに見えるだけである。ちなみに2年前に下北で見たTHE・ガジラの『ロミオとジュリエット』がまさにこういう感じで実にひどいものだったのだが、チラシによると今回の演出家はTHE・ガジラの鐘下辰男に師事していたそうである。こうやってひどいシェイクスピアが受け継がれていくのか…

 あと、全体的に女性の扱いがどうかと思う。旅役者を女性にしたのはいいが、酒浸りで攻撃的なガートルードや、ブスっとしたオフィーリアの扱いにはかなりミソジニーが感じられる。リアリズムをめざしてるくせにガートルードやオフィーリアの台詞にごくたまに入ってくる女言葉が実にわざとらしいのも問題である。

 なお、全体的にこの芝居は台詞についていろいろおかしいところがある。登場人物が互いの名前をあまり呼ばないのだが、そのせいで個人としての役柄がほとんど立ち上がってこず、家族の中の構成要素として登場人物が矮小化されているような印象を与える。また、上下関係や家族関係を反映したものになるべき言葉遣いにもいろいろ妙なところがあり、そのせいでリアリズム指向のくせに全く社会とつながってないみたいな変な印象を与える芝居になっている。とくにポローニアスがクローディアスにタメ口をきくのがおかしい。ふつう、社内では社長にタメ口きかないでしょ?

 ハムレット像は決定的に古い。どういうわけだかエヴァンゲリオン風なハムレットで、隅っこで横になって三回同じセリフを繰り返したりする。居室の場でやたら母親に接触するのもマザコン風だ。21世紀にもなって、マザコンで優柔不断なハムレットなんか見たいかね?