まっとうな悲恋もの〜『あわれ彼女は娼婦』

 ジョン・フォード作『あわれ彼女は娼婦』を見てきた。シェイクスピア以外の英国ルネサンス演劇としては比較的頻繁に上演される作品である(2006年の蜷川版は私も見たことある)。栗山民生演出で、主演はアナベラ役を蒼井優、ジョヴァンニ役を浦井健治

 物語は英国ルネサンス演劇の中でもおそらくもっとも反社会的で、当時の道徳規範に挑戦するような要素を多数含んでいる。主人公であるジョヴァンニとアナベラは血のつながった兄妹であるにもかかわらず恋に落ち、アナベラは妊娠してしまう。これを隠すためアナベラは求婚者のひとりソランゾ(伊礼彼方)と結婚するが、ソランゾは妻が違う男の子どもを身ごもっていることに気付き、復讐を計画する。進退窮まったジョヴァンニは心中のような形でアナベラを殺し、心臓を持ってソランゾの誕生日の祝宴に出かける。ジョヴァンニはソランゾを殺し、兄妹の父フローリオはショックで死亡。ソランゾの家来ヴァスケス(横田栄司)がジョヴァンニを殺害。枢機卿が皆の財産を没収しておしまいである。

 近親相姦とそれを取り繕うための結婚という社会的にはずいぶんとタブーな題材を扱っているのだが、この芝居ではジョヴァンニもアナベラも純粋で心から愛しあっている若者として描かれている一方、周りの連中がかなり堕落した人間として描かれているので、全体としてはこの若き兄妹は大変かわいそうな人たちに見えるような作りになっている。いい子ぶっているソランゾは、実はアナベラと結婚する前に人妻ヒポリタを誘惑し、名誉をめちゃくちゃにして捨てたという暗い過去を持っている。ところが被害者ぶって自らの性的不品行は棚上げにし、アナベラが処女でないとかなんとか騒ぐ、実に自分勝手でバカな男だ。ソランゾの偽善者ぶりがあまりにも不愉快なので(まあこれは私の主観もあるのだが)、近親相姦や、若くて世間知らずな者がたくらむ偽装結婚なんかが相対的に軽い罪に見えるような描き方になっている。さらに舞台となるパルマの街じたいが非常に腐敗しており、擁護できるところがひとつもないような殺人を教会権力でかばい、最後に一家の財産を没収してわかったようなコメントをする枢機卿はこうした腐敗した社会の象徴のように見える。

 原作『あわれ彼女は娼婦』は、こういう社会批判と若く無鉄砲な人々への哀れみにあふれた芝居なのだが、このプロダクションは題材のスキャンダラスさ、辛辣さを考えるとびっくりするほどまっとうな悲恋ものとして演出されていて、ちょっと拍子抜けしてしまった。全体的に大変よくまとまっており、見た目にもきれいで、笑えるところは笑わせるし、悲しいところはちゃんと悲しい。赤い十字型の通路に照明をあてる美術とか、マリンバ(私シロフォンマリンバの区別がちゃんとつかなくてシロフォン?と思ったのだが、マリンバだそうだ)の生演奏で盛り上げる音楽とか、目新しくはないがよく場面にはまっている。蒼井アナベラと浦井ジョヴァンニは若々しく現代的な魅力があり、純粋な恋心でたいへん観客の同情を誘う。最後にジョヴァンニがアナベラの心臓を持って宴席に出てくるところもあまりグロくなく悲劇的に処理されていて、2006年の蜷川版などに比べても非常にけれんが少ない。つまらないというわけではないのだが、こんだけ激烈な芝居なのだからもうちょっと個性的・挑発的な演出を試みてもよかったのではと思う。

 脇役では、アナベラのアホアホ求婚者であるバーゲット(野坂弘)が良かった。バーゲットはアホなのだがおそらくアナベラの求婚者の中では一番、性格が良く心優しい男で(個人的な意見では、頭がいいふりをして愚かな行動をとるソランゾやグリマルディのほうがずっとバーゲットより大馬鹿者だと思うのだが)、アナベラはあきらめてもっと自分とうまがあう娘フィロティスと結婚しようとするのだが、人違いが原因でグリマルディに殺害されてしまう。このプロダクションのバーゲットはアホな行動でお客を笑わせる一方、内心の善良さがにじみ出てくるようなキャラで、殺される場面はけっこう心に迫るものがあった。