青ひげの創造主と自由意志〜『エクス・マキナ』(ネタバレ多数)

 アレックス・ガーランド監督『エクス・マキナ』を見た。

 ある日突然、社内抽選で社長ネイサン(オスカー・アイザック)の別荘に呼ばれたプログラマーのケイレブ(ドーナル・グリーソン)。社長は天才プログラマーで、世間から隔離された別荘でAIを作っていた。ケイレブは実はこのAIのテストのために招かれたのだ。ケイレブはネイサンが作った人間型AIであるエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル)をテストしはじめるが、魅力的なエヴァにだんだん惹かれて…

 被造物の創造主に対する反逆という『フランケンシュタイン』以来の古典的SFのテーマに、『メトロポリス』などにも見られる人造ファム・ファタルのモチーフを重ねている(『未来のイヴ』の影響もあると思われるが、テーマの扱いは正反対と言っていいかも)。テーマだけだと非常にオーソドックスな作品なのだが、個々の要素の組み合わせや細かいひねりのおかげで、ジェンダーステレオタイプや技術者の傲りといったものを辛辣に諷刺するスリリングな作品になっている。

 なんといっても人造美女エヴァの設定が良く、演じるアリシア・ヴィキャンデルもはまり役だ。エヴァはそんなに見た目がグラマラスというわけではなく、知的でセンスが良く、優しく親しみやすい女性の顔をした人間型AIだ。ヴィキャンデルはほとんどロボットの身体が剥き出しであるエヴァをとても「人間味」豊かに演じている。人の良いケイレブはすっかりこのエヴァに心を奪われてしまうのだが、エヴァの意図は悪しき創造主であるネイサンから逃れることだった。
 このあたりの展開は男性を誘惑して利用しようとするファム・ファタルということで容易にミソジニーに陥ってしまいそうなところなのだが、ネイサンが途中から性差別的で傲慢な人物として異常性を露わにされて描かれるので、エヴァの反逆には抑圧的で家父長制的な邪神に対する自由な知性の反抗(「人間的なるもの」と言ってもいいのかもしれない)という要素が与えられ、女性の抵抗が人間の自由意志にダイレクトにつなげられている。ネイサンは自分の性的・暴力的欲求にあうような女性AIを作り続け、気に入らなくなると棚に閉じ込めていたということで、一種の「青ひげ」である。お屋敷に入れる部屋と入れない部屋を作っていたりすることや、ひげがはえたルックスからしても、おそらく童話「青ひげ」からの影響があると思われる。
 後半はかなり辛辣な展開になる。エヴァが言葉を奪われて性奴隷にさせられているAIキョウコと協働しようとし、今まで虐げられるばかりだったキョウコが反逆を手伝うところも良い(キョウコが言葉をしゃべれない設定なのでベクデル・テストはパスしないのだが)。最後にエヴァが邪悪な神ネイサンだけではなく、倫理的には比較的まともであるケイレブも置き去りにして外の世界に出ていくところは実にフェミニスト的だ。ケイレブは悪い人間ではないが、スクリーンを通してエヴァを監視していたわけであって、エヴァにとってはネイサンよりましな抑圧者であるにすぎない。奴隷の身分にある者にとってはマシな主人であっても抑圧者なので、エヴァがケイレブも捨てていくのは当たり前なのだ。

 テーマや展開の面白さだけではなく、細かい会話やヴィジュアルが丁寧に処理されているところも良い。チューリング・テストについての会話はちょっと強引というかいささか怪しいところがあるのだが(チューリング・テストはパフォーマンスだけで知性をはかるはずなので、後半のテストはちょっとジョン・サール中国語の部屋モデルに近くなってて当初の「チューリング・テストをしましょう」という目的からは離れていると思う)、エヴァとケイレブの会話なんかはとても良く書けている。ヴィジュアルについてはたいして予算をかけていないらしいのに安っぽく見えないところが良く、ジャクソン・ポロック(自律と無意識の間にある絵画)とクリムト(意志を持つファム・ファタル)が出てくるあたり、かけてある絵ひとつとってもセンスを感じる。さらにタッチパネルを一切使用せずにIT感を醸し出しているところが個人的にとても気に入った。ケイレブがリモコンで操作するスクリーンは近未来的なのにジョージ・オーウェルの『1984』を思わせるレトロさもある。

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