団地は時空の歪みの最前線〜『団地』(ネタバレあり)

 阪本順治監督の新作『団地』を見てきた。

 主役はヒナ子(藤山直美)と清治(岸部一徳)の山下夫妻。老舗の漢方薬店をたたんで団地に引っ越してきた。この2人は3年ほど前に息子を交通事故で亡くしており、その精神的トラウマに苦しんでいた。団地のしがらみに疲れた清治はある日、台所の床下にあるむろに隠れて外には姿を見せないと決意する。清治が姿を消したために団地の人たちはヒナ子が夫を殺したのではないかと噂するが…

 これ、私はてっきり団地の人間関係を描いたオフビートなコメディだと思って見に行ったのだが、なんと突然斎藤工演じるまばたきしない宇宙人が出てくる。そのまま結構ちゃんとしたSFになり、あれよあれよという間になんてぇことのない団地が時空の歪みの最前線みたいになってしまってびっくりした(まあ、団地の人間関係を描いたオフビートなコメディであるのは確かなのだが)。質感としてはサイモン・ペグとニック・フロストが出てるSFコメディにちょっと近い感じなのだが、もう少し地域色と阪本順治っぽい作家性がある。誰にでもおすすめできるというものではないが、私は大変面白いと思った。

 全体的にめちゃくちゃな話なのに、脚本はけっこう丁寧に作られている。ヒナ子と清治の会話は笑える中にお互いに対する中年夫婦の愛情がよく見えるものでとても感心したし、児童虐待などの社会問題をさりげなく取り入れてけっこうリアルに表現している。こんだけ変なユーモアを連発しておいて、最後に親子の情愛をSF的に示すあたたかいオチを盛ってくるあたりも良かった。役者は皆好演しており、とくに主役の山下夫妻を演じる藤山直美岸部一徳の存在感はすごい。やはり藤山直美阪本順治の世界にハマるんだなーと思った。給水塔のある大阪の団地の撮り方も、通り一遍の綺麗な映像というわけではないのだがすごく地域の特徴をよくとらえた人間味のあるもので、こういうオフビートな話にふさわしい空気感をそなえている。

 なお、ベクデル・テストをパスするかはちょっと微妙である。女性たちが話す場面はかなり多いのだが自分たちの夫の話題がほぼ必ずチラっと出てくる。あと、ヒナ子が真城夫人と赤ちゃんについて話す場面はパスするかもと思うのだが、真城夫人に名前があるのか定かでないのと、あと赤ちゃんの性別も定かでない。全体的に女性のキャラクターは深みがあってよく描かれているとは思うのだが、ベクデル・テストについてはちょっとグレーである。