キツい物語に的確な演出〜『BENT』(ネタバレあり)

 世田谷パブリックシアターでマーティン・シャーマン『BENT』を見てきた。ナチスによる同性愛者迫害をとりあげた大変有名な戯曲で、映画化もされている。今回は森新太郎演出、佐々木蔵之介主演である。

 主人公のマックス(佐々木蔵之介)はベルリンでのらくら生活していた。定職もなく、浮気性でしかも酔っ払うとホラをふく癖があり、献身的なゲイの恋人ルディを悩ませている。そんなマックスが突撃隊員をナンパしたことからマックスとルディは追われる身になり、同性愛者として逮捕され、ダッハウ強制収容所へ送られることになる。ダッハウに行く途中でルディは死亡し、マックスは恐ろしい取引をして同性愛者ではなくユダヤ人として収容所に入る。収容所でマックスは同性愛者のホルスト(北村有起哉)と出会うが…

 とにかくキツい内容の芝居である。最初はベルリンの華やかなゲイライフを思わせる描写もあるのだが、すごい勢いで社会がどんより暗くなってくる。マックスが収容所に送られる途中でルディを殴るよう強要されるあたりから、マックスがどうやってユダヤ人のふりをして収容所に到着したかをホルストに打ち明けるあたりまででかなり精神的につらくなる。後半はほとんど強制労働で石を運ぶだけの場面になるが、収容所でなんとかして人間の尊厳を保とうとする様子が丁寧に描かれているので見ていて飽きるというようなことはない。主人公のマックスがごくふつうのチャラ男であるあたりが余計リアルだ。ふつうの人々がぼーっとしてる間にいつのまにか社会がおかしくなり、同性愛者が弾圧され、大変なことになる様子を如実に描いている。

 佐々木蔵之介がなかなか良く、チャラいマックスをあまり理想化されない人間味のある人物として巧みに演じている。とくに最後、殺害されたホルストを抱きしめて感情を爆発させるところから、抑えた演技で鉄条網に向かっていくところのメリハリは大変よかった。最後の部分は演出も演技もとてもうまくいっていたと思う。美術も冒頭のこじんまりしたマックスとルディの家庭や派手なゲイクラブなどから、灰色の収容所まで上手に描き分けている。収容所の空模様の変化の表現も良く、とくに鉄条網の外に広がる青い空の背景は胸が痛くなる。

 ひとつ気になったのは、収容所で体力を完全に失った人々がムスリムと呼ばれていたというくだりである。あれは史実に基づいているんだろうか?そうだとしたら何の史料にのってるのかな?
→あとで教えていただいたところ、これはドイツ語で「ムーゼルマン」というらしい。フランクルプリーモ・レーヴィに言及があるそうなので今後見ておこう。